「理念型」の考察―羽入辰郎「学問とは何か」を中心に―その2

(その1の続きです。)

○妥当性問題…理念型の「妥当性」を判断する者は誰か?
 すでに何度か理念型の「妥当性」については触れたが、その考察をしよう。この妥当性というレベルで「理念型」を議論せずに「あてはまるかどうか」のみで考えることはそもそも理念型の性質〔1〕の極概念に反するように思える。極概念は理念型の特徴をうきぼりにするために要請されるものである。そして、そうすると「極にあてはまる」という状況が想定しづらいものとなり、「どれだけその極に近いのか」という「程度」の問題が問われることになる。これが「妥当性」の話である。
 しかし、この「妥当性」を考える上で重要なのは、その妥当性の基準についてどう考えるのか、という点である。そしてそれ以上に「理念型」の妥当性が問われる際にどのような状態にあることが「妥当でない状況」であり、「理念型」の変更を要求するレベルなのかという問題が問われてくるのではないだろうか。特に理念型βはそれ自体一定の排除を前提にしているものであることから、その排除の妥当性は必然的に問われることになるだろう。

 一つ、比較対象になる例として「統計学」における有意差を挙げてみよう。統計学的な「有意性」は相関の妥当性を示す一指標(これは、理念型βの妥当性とみなされることも多い)となりえており、実際そのように機能していることも多いといえる。ただし、仮にそれが「有意である」とされても、それがなんらかの重要な価値を持っているかどうかということとは別問題である。想定される議論は三つある。

《1》そもそもサンプル数が少ないために、有意であるかどうか議論の余地が出てくるケース。
実は、この観点はヴェーバーの議論に最も乏しい。ヴェーバーの理念型の議論において、理念型の修正というのはある程度想定されているものの、それが複数の要素の混合によるものを指しており、そもそも最初の理念型の妥当性を実際の現象との関係性がいかにあてはまるのかという観点から棄却する可能性をあまり想定していないと読めること、また、基本的に理念型の修正が未来の現象との兼ね合いで議論されており、あたかもその理念型の議論が「現在」を基軸にした場合はすでに語り尽くしていることを想定していることからそう言える。特にヴェーバーの理念型βの議論はケースが極めて少なく、統計調査における妥当性と比較すると、極めて妥当性の基準が低いとみなすことも不可能ではない。

《2》その相関関係が擬似相関に過ぎず、より重要な相関関係がその要素の周辺に存在しうること。
仮に有意差が認められたとしてもそれがいわゆる擬似相関でしかなく、相関の説明に意味がないような場合も考えられる。このような状況を回避するための常套手段は、そこに論理的な(筋の通った)関係性があることを説明すること、がある。

《3》相関が有意であっても、それが直ちに重要と判断できるわけではなく、他の相関関係等との比較が必要となってくること
これには二つの意味がある。まず有意性の基準にも複数の考え方がありうる点である。例えば、それが5%水準の有意なのか、1%水準の有意なのかという問題である。またもう一つは及び有意差自身は「差の存在」を統計学的に認めているに過ぎず、それがどれくらいの差があるのかを統計学的に示している訳ではないという点である。

 さて、特に《3》については、統計学的な意味での妥当性を考える上でも議論がありえるだろう。この妥当性についての基盤を支えているのがいわゆる専門家集団であるといえる。私自身が専門家ではないため、どのような形でその有効性について議論しているのか、わからないものの、このような有効性について語る「専門家」がいる以上、その妥当性については何らかの担保のもとになされていると考えられるだろう。
 もちろん、それが有効な議論を経ていない可能性もありえる。そして、とりわけ、羽入がヴェーバー専門家を批判するような場合は、このようなものが機能していないものとみなしているといってよい。

「そしてここに、“私はヴェーバーを理解することができる”と称する一群の人間達が出現する。理解できるはずもないものを、理解できると称する一群の人間達の出現と共に、ヴェーバーの残した意味不明な言葉は、今や一層秘教的な魔術的言辞へと祭り上げられてゆく。ヴェーバーを専門に解釈する書物の出現と共に、こうしてヴェーバー産業が成立する。“分かる”と言う人間が他方にいるのに自分にはわからぬという事態が読者に醸しだす不安と、そうした特有の不安を伴った難解さが読者の心の内にかき立てる“それを分かる”と称する者達への羨望、そして自らも彼等のように“分かる”と言い立てられるようになりたいという欲望、これらこそがヴェーバー産業を支える心理的需要の秘密なのである。
 しかしながら『倫理』論文は一体全体なそれそのままの形で分かる代物なのであろうか。あるいはひょっとして、『倫理』論文を理解できると称してこれまで解釈を提示してきた人間達の方が実は間違っているのではなかろうか。分からないと言ってきた人間達の方が実は正しいのではなかろうか。」(羽入2002:5)

 繰り返しも含みながら確認するが、ここで羽入がいう「分からない」所は羽入のヴェーバー批判書において4つの章それぞれに対応した内容とみなされていた(羽入2002:8-9)。つまり、今回取り上げた3章においては、「中学英語のレベルでも分かるような唖然とするような間違いをヴェーバーが犯していたこと」(p8)、4章においては「資本主義の精神」におけるトリックであるという(p9)、どちらも説明が不十分だが、結局前者はヴェーバーのフランクリン引用と、実際のフランクリン自身の言明とのズレにより理解不能となる問題、後者は大塚とヴェーバーのフランクリン解釈のずれていることによる理解不能の問題と読んでいいだろう。少なくともこの両者は全く論点として「秘教的性質」を与えるような問題を持っていない(もっとも、第1章、第2章については、今回タッチしていないため、問題があるかもしれないが。)ため、すでに羽入の専門家批判は的外れである側面があると言っていい。むしろ、羽入の専門家批判は、折原という批判者が出てきたからこそ、その問題が別の論点から妥当性を帯びはじめた、と言った方がよいのではとさえ思える。

 羽入の要求は論文中に全ての理念型の論点を示し、その上で全てに妥当な判断を与えていくことが「知的誠実性」のある論文であるとみなしている。しかし、ここには、専門家集団のような議論の場の想定はなく、かつ理念型の運用についても「妥当性」という観点から検討する気がないため、「分からない」という言葉で片づけるのである。私に言わせれば、むしろ「分からない」のは折原の言うヴェーバーの議論の意義の方であって、言ってしまえば「倫理」論文以後のヴェーバーの議論の価値についてである。

「そこでかれは、「倫理」論文をいわば出発点とし、方法論と概念装置をととのえて、「世界宗教の経済倫理」シリーズへと視野/思考圏を拡大し、世界の主要な文化圏の「経済倫理」を、いくえにもわたる類例/類似比較をとおして究明し、それぞれの特性を諸「世界宗教」による被制約性に即して捉え、それと同時に各「世界宗教」がそれぞれの文化圏の自然地理的/経済的/政治的諸条件によって制約されている「唯物論的」側面も、比較による特質づけに必要なかぎりで、捉え返していった。……「倫理」論文では、右記のような世界史的パースペクティーフと研究課題を念頭におきながら、さしあたりは「西洋文化圏」にかぎり、「近代資本主義」と「前期的資本主義」との歴史的種差を、経済主体の「経済観」「経済倫理」「経済志操」「経済エートス」に視点を定め、そこに議論の土壌を限定して、さればこそそれだけ鋭く把握し、定式化している。ヴェーバーは、そのうえで、「近代資本主義」、広く「近代資本主義化」「近代的なるもの」の特性をそれだけ的確に、西洋のキリスト教、とりわけ「禁欲的プロテスタンティズム」の「世俗内的禁欲」、さらには中世修道院の「世俗外的禁欲」に「意味(因果)帰属」しようとしていたのである。」(折原2005b:291−292)

「ところが、ヴェーバーは、そうだからといって、西洋以外の文化圏について、「これもない、あれもない」と、「欠如態」を数え上げ、あげつらっているのではありません。あるいは、非西洋文化それ自体には関心がなく、ただ方法―手続き上、「資本主義の精神」を「禁欲的プロテスタンティズム」に因果帰属するための「対照群」に見立て、そのかぎりで、いわば「酒の肴に利用」して、「能事終われり」というのでもありません。
むしろ、非西洋文化それ自体にたいしても、西洋とは異なるけれども、あるいは、異なるからこそ、それぞれに固有の歴史的発展と見て――ということは、ヘーゲルマルクスのように、西欧を頂点とする単線的発展の前段階ないし太古的原初形態に還元するのではなく――、自分たち西洋人も、同じ人類の一種族として、歴史的条件次第では、踏み込んでいたかもしれない、歴史的発展軌道として、その意味で、人間の歴史的運命の実存的可能態として、切実な関心を傾けて積極的に注視し、互いに異なる多様な歴史発展から学ぼうとします。」(折原「マックス・ヴェーバーとアジア」(2010)p88ー89)

 折原はこのような形でヴェーバーを擁護するものの、それが何の意義を持つのかについては何の見解も述べることはない。もっとも、一定の文化的な価値観を取り出しつつ、それがどのような影響を与えうるか、それが他の価値観と比べどのような異同が認められるのか、といった作業自体が目的であって、それが学術的価値である、という見方も不可能ではないだろう。

 折原は羽入がヴェーバーの議論を葬ろうとしていると述べているが(折原2005b:29)、羽入の主張は真っ向から対立しており「ヴェーバーを崇拝することは、ヴェーバーの教えに従うことにはならない。それはヴェーバーを殺すことにしかならない。ヴェーバーの教えにしたがって、ヴェーバーに教えられたとおりにヴェーバー自身をも批判的に研究してゆくこと、ただこれだけがヴェーバーの教えを実際に学問の場に生かし続けてゆく唯一の道である。」(羽入2002:7)と述べている。このような主張にも、やはり羽入はヴェーバー批判に限らず、ヴェーバー研究者に対してむしろ強い批判を持っていることがわかるだろう(※4)。

 一方で折原は羽入のような「「包括者」としての現実にかかわる概念構成の理念型的・価値関係的な被制約性を自覚せず、そうした制約にしたがうかぎりにおける価値観点の自由な選択にも無頓着で、ばあいによってはそうした自由な選択と展開の可能性に「立ちはだかり」「足を引っ張る」ばかりの論者」と、「この「自由な展開の可能性」にいわば独善的に収斂し、その「自由」を「楯にとって」「責任はとらず」、理念型的概念の「経験的妥当性」も否認し、討議・論争をとおして相互「検証」も受け付けようとしない、といった論者」へ批判を展開しており(折原2005a:95-96)更には「政治的」な側面から「理念型」を都合よく解釈しようとする論者にも批判を加えている。

「ところで、「戦後近代主義」のパースペクティーフでは、「倫理」論文が偏重されるあまり、その読解自体が深められないばかりではない。そのうえ、その読み方も、相応の偏向を被らざるをえない。テクストから読み取った意味内容を政治目的に利用しようという想念に凝り固まった「政治人間」は、先を急いで「テクストの上っ面をかすめ」、「結果を出そう」と焦るものである。」(折原2005a:206)
「ちなみに、そうした類の「近代化」論は、かつてベラーもそうであったように、アメリカ型の「近代化」を「単線的—法則的進化」の頂点として「普遍化」し、他地域の歴史発展をもっぱらそうした「進化」からの「逸脱」として裁断しがちです。あるいは、日本を(非欧米圏でありながら)アメリカ型「進化」の軌道に乗った「優等生」に見立て、第二次世界大戦における非武装市民の無差別大量虐殺を、そうした「転轍」の契機として密かに正当化する、あるいは、日本の「事例」を他の非欧米諸国に「モデルとして推奨する」あるいは「押しつける」といった、いずれにせよ、アメリカの世界戦略の片棒を担ぐ、イデオロギー性を帯びざるをえないでしょう。」(折原2010:173)

 これまで私がレビューしてきた中では、特にチャールズ・ライクなどは自ら「意識1、2、3」の議論を「学問的な分類」ではないと明言しており、非常に政治性を帯びた議論を行っていたと言えることや(ライク1970=1971、p23)、リースマンにおいても、それが「価値判断」として「政治的」側面から再解釈されることが多かったのである。ヴェーバーによれば、「意欲する人間」として学問の議論をすることは禁じ手であった。それは、現状の「歴史的個性体」の確定、及び当為論的な語りを行うことによって、「排除の原理」が働き、他の可能性が語られなくなるからであった。
 しかし、よく考えると、意欲する人間としての態度表明を学問に関わる者がしているということ自体が、すでに理念型についての学術的な議論を終了させ、それが確定したものとして語っているものとみなすことも不可能ではないのではなかろうか?しかし、そうすると、既存の「政治的発言」として機能する「模範型」(客観性、p129)を修正することはできないのではないか、という疑問も出てくるだろう。


○政治的発言と学問はどう区切るべきか?
 客観性論文において、ヴェーバーが強調していたのがこの区別であった。

「事実の科学的論究と価値評価をともなう論断とをたえず混同することは、われわれの専門的研究にいまなお広汎にいきわたり、しかももっとも有害な特性のひとつである。上記の論難は、この混同にたいして向けられたのであって、自分の理想を擁護すること〔そのこと自体〕にたいしてではない。志操のないことと科学的「客観性」との間には、なんの内的親和関係もない。――この雑誌は、少なくとも意図としては、特定の政治的ないし社会政策的な党派にたいする論戦が闘わされる場ではなかったし、また、そうなってはならない。同様に、政治的ないし社会政策的な理想に対する賛否の運動がおこなわれる場とされてはならず、それには別の機関がある。」(客観性、p48−49)

 では、このような区別というのはどのようになされねばならないのか。これについて安藤英治などは、ヴェーバーの語る「自覚」という側面を特に強調した議論をしていたように思える。

「〝客観性″は、何よりもまず自己の立脚している前提、すなわち価値理念を自覚することを基盤とする。そして、認識の一面性を自覚して鋭い一義的な概念を構成し、そのこと自体によって、また、つねに概念の妥当性の限界を自覚し、同時に、常に現実によって自己を検証することを怠らない――という態度によってのみ客観性は保証される。ところで、こういう自覚がすべてそれぞれの意味における自己認識に立脚していることもすでに明らかである。そして、およそ妥当な自己認識というものは、自己を対象化――することなしには獲得しえない。つまり、認識の客観性を保証するものは、事故自身の客観化にほかならなかった。これが、『客観性』の論理構造の示している〝客観性″である。」(安藤英治「新装版 マックス•ウェーバー研究」1965=1994、p151)

 しかし、そもそも自覚だけで解決するのであれば、ヴェーバーの言っていた批判の「場」なるものは不要であるはずであり、それだけではやはり不十分であろう。しかも、このような自覚を持ってみたところで、とりわけ「歴史的個性体」としての「理念型」を語ることは、因果的説明である以上、その因果以外の可能性の排除にも繋がりかねない。そこでヴェーバーは以下の内容を2つのルールとして提案している。

「もとより、(※アルヒーフの)編集者が、みずからにたいしても、寄稿者にたいしても、かれらを鼓舞している理想を価値判断として表明することをも、今後いっさい禁止するというわけにはいかない。ただ、そこからは、ふたつの重要な義務が発生する。まず、〔1〕これはあまりにもしばしば見受けられるところであるが、異なる種類の価値を不分明に混同して、理想間の抗争に目をつぶり、「誰にたいしても、なにかを提供したい」と欲したりする代わりに、〔自分がそれによって〕実在を評価し、〔そこから〕価値判断を導きだす〔ところの、究極最高の価値〕規準が、いかなるものであるかを、つねに読者と自分自身とに、鋭く意識させるように努める、という義務である。この義務が厳格に守られさえすれば、実践的な態度を決め決断することは、純然たる科学のためにも、たんに無害であるだけでなく、直接に有用でもあり、それどころか、そうすることが〔義務として〕命じられることさえある。というのも、立法その他の実践的提案を科学的に批判するさい、立法者の動機や、批判の対象とされる著述家の理想を、その意義において解明するには、かれらの根底にある価値規準を他の価値規準と対決させ、そのさい最善の方法としては、もとより自分自身の価値規準と対決させることによって初めて、判然と理解できる形式にまでもたらされることが、きわめて多いからである。他人の意欲にたいする意味のある価値評価は、いずれも、自分自身の「世界観」からの批判、自分自身の理想を基盤とする他人の理想との闘いであるほかはない。それゆえ、個々のばあいに、実践的意欲の根底にある究極の価値公理をたんに確定し、科学的に分析するだけでなく、他の価値公理との関係において判然と理解しようとすれば、まさしく、他の価値公理との関連を叙述することによる「積極的」批判が、避けられないのである。
 そういうわけで、この雑誌の欄では――とくに法律に論及するさい――、社会科学――事実の思考による秩序づけ――とならんで、社会政策――理想の提示――にも、発言を許すことが避けられない。しかし、そのばあい、われわれは、その種の〔理想の提示を含む〕論究を「科学」であると主張しようと思わないし、両者を混同したり、取り違えたりしないように極力注意するであろう。そういうばあいに語っているのは、もはや科学ではない。それゆえ、科学的不偏性の要請にもとづく第二の基本的命令は、〔2〕そういうばあい、思考する研究者が語ることを止めて、意欲する人間が語り始めていること、およびその個所を、また、議論が、どこで悟性に訴え、どこで感情に訴えているのかを、そのつど、読者(および――繰り返していうが――とりわけ自分自身!)にたいして明らかにする、ということである。事実の科学的論究と価値評価をともなう論断とをたえず混同することは、われわれの専門的研究にいまなお広汎にいきわたり、しかももっとも有害な特性のひとつである。」(客観性、p46−48)

 ここで注目すべきは、既存の当為論的な政策や法律というのは、それ自体が価値判断を帯びていることが当然視されている点である。特に法はいわば命令であり、価値の押しつけでさえありうる。そのような価値に対して批判を加える際には、特に批判もまた価値判断であることを免れることが極めて困難ではないかと思われる(そうでなければ、既存の秩序に対する変更を建設的な意味では議論できないだろう)。ヴェーバーはこの点について自覚をしており、だからこそ、研究者もまた価値判断せねばならない部分があることを認め、それを明確に区別するよう要請するのである。
 これも理念型の性質にまとめておこう。

〔9〕歴史的個性体としての理念型が因果を語る以上、それ自体が語る者の意図から外れて政治的発言に転化させられる可能性を否定することはできない。したがって、それが過去の暫定的な検証で必要とされるのか、あるいは、当為論的に未来にまで必要であるとされているか、明言されているかどうかが、学術的な意味での理念型の正しい運用条件となる。

 つまり、このような運用をたとえ徹底して行ったとしても、それが政治的発言となりうることに変わりがないため、それを逆手に政治的発言であるとして、批判の対象とする議論はありうる。それは結局、「学問、科学的議論の場」と「政治的議論の場」の区別を一般論的に行うこと自体が不毛であるから、という理由に落ち着いてしまうようにも思える。
 素人目から見る学者の議論というのは、この両者のどちらの立場から議論されているのかが実際のところ全く分からないところに問題があると言えるだろう。学者がどちらの立場から発言することも当然許されるべきであるのだが、両者の区別が厳密な意味で重要となるのは「学問、科学的議論の場」においてのみであるともいえるのである。では、そのような場とは、具体的にどこにあるのだろうか?当然、アルヒーフにおいてはそれが前提となっているようにも思えるが、ヴェーバーはむしろ実際にはそのような議論が成立していないことにも批判を加えており、それよりもむしろそのような厳密な区別が不可能なものであることを認めてしまっているかのような発言さえ見受けられる。
 それは結局、「科学上の問題の提起され展開される最初のきっかけは、経験上、実践的な「問題」によって与えられるのが普通であり、そのため、すでに、ある科学的問題の存在を認めること自体からして、ある特定の方向に向けられた、生ける人間の意欲と個人的に結びついている、という事情」から(客観性、p50)なのである。言い換えてしまえば、ヴェーバーはここで理念型の場のあり方についても「理念型」として意識しつつ提示しているのではないかという疑問が出てくるのである。つまり、あらかじめヴェーバーの要求する政治と学問の分離は自ら否定しまっている、と解釈することもできるのである。
 実際、先ほどヴェーバーの引用において、価値判断された(1904年当時を想定した)「アメリカ」と学術的な理念型としての「資本主義の精神」の区切りについて説明をしたが(倫理、p365)、ヴェーバーはこの両者がある意味で連続性をもっているように語っているのも事実ではないか。この両者は、いわば時間の経過とともに禁欲性が失われたものとして語っているのである。そして、その因果関係についても、倫理論文で行ったのと同じ方法で説明する方法があるのではないかと考えるのがむしろ自然であるものの、ヴェーバーはその点について何も語ろうとしない。たとえ価値判断としての「アメリカ」であるから、それは学術的でないと述べているとしても、そのような「禁止」の命令にはあまり意味がないことになるだろう。このような一貫性のない態度は結局「政治的発言」と「学術的発言」の区別がいかになされるべきかについて答えられるものではないのである。
 
 では、このような議論の運用にためにどうすればよいのだろうか。私からの回答として、ここで提示した理念型の性質に立ち返りながら議論を行っていくべきであるという内容以上のことは今のところ提示できない。当然そのような運用では学問が無用であると解釈される可能性もありうるだろうが、そのような議論については、今後機会を見つけながら議論していきたい所である。


○まとめ…リースマンのレビューにおける「理念型」の実在性問題の整理から
 最後にまとめに代えて、リースマンのレビューの際に取り上げた、「実在性の否定」条件の議論から、ヴェーバーのいう理念型の整理をしてみる。
リースマンのレビューでは、以下のように3つの可能性を提示した。

(1)諸類型の優劣について、どれがよいか価値判断を行うことの否定
(2)「一般性」としてその状況について当てはまることについての否定
(3) 文字通り「現在」の説明においてその類型が「ある」と言及することの否定

 まず、(1)は、理念型を学術的に運用するという意味では妥当とは言えない。何故なら、ある「理念型」がよいこともあるが、悪いこともあるという主張を行うことは、理念型βのレベルにしか着目しておらず、そのことで理念型αのレベルの検証を排除することが前提になってしまう恐れがあるからである。つまり価値の比較問題を現実にあてはめつつ語ることは、多くの場合すでにその「理念型」が現前していることを自明としているのである。(1)の議論は理念型の性質〔6〕を無視しているのである。
 次に(2)については、妥当性問題を踏まえれば、ある程度許容できるものとみなすことができる。ある程度の一般性を明示してみせる作業こそが「理念型」の形成作業であった。もちろん、この一般性とは何かを明示しながら議論がなされる必要はあるだろう。ここでいう「一般性」とは「普遍性」とは異なるため、何らかの条件が含まれているのである。
 (3)については、より厳しい基準であり、理念型の性質〔3〕に合致する。私自身当初はヴェーバーが(3)の立場にあると明言したが、条件付きで(2)の態度もとっていると訂正する必要があるだろう。

 また、リースマンの主張自体はこれまでの議論からは十分に「学術的なもの」とは言えないだろうと指摘することができるだろう。例えば、「孤独な群衆」(1950=2013)上巻のp11やp176の引用を見れば、リースマンの理念型が時代区分として確定した記述がされていることがわかるだろう。これを学術的に議論するならば、それがあくまで「仮説(可能性)」にすぎず、当然その仮説については批判の可能性に開かれている必要があるだろう(※5)。これが確定した上で議論を進めてしまうと、リースマンの議論も「内部指向」か「他人指向」かの価値比較の問題のみが取り上げられてしまいうる。たとえ、上巻p127で理念型の実在性が否定されていても、確定記述と矛盾しうる以上、それが当初された「理念型」の意図通り他者にまで共有されるとは限らないのである。


※1 以下、特に多く引用した以下の文献は表記を省略した。
・「客観性」:マックス・ヴェーバー、富永・立野訳、折原浩捕訳「社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」(1904=1998)(岩波文庫版)
・「倫理」:マックス・ヴェーバー大塚久雄訳「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」(1905=1989)(岩波文庫版)
・羽入2002、「マックス・ヴェーバーの犯罪」
・羽入2008、「学問とは何か」
・折原2003、「ヴェーバー学のすすめ」
・折原2005a、「ヴェーバー学の未来」
・折原2005b、「学問の未来」

※2 第1章と第2章でもそれぞれヴェーバーの批判の論点を提出するが、今回は取り上げない。これは、これらが聖書解釈の議論を中心に行っており、私の把握できる範囲を超えてしまっているからである。しかし、羽入自身がヴェーバーに対し「詐欺師」というレッテルを貼るのは第3章であること(羽入2002:192)、また折原が羽入の四つの「疑似問題」の中で一番よくできているとしたのが第4章の内容であること(折原2003:104)から、2章のみに限ったとしても、羽入の目的である「ヴェーバーの知的誠実性」の検証問題に概ね応えているものと考える。

※3 ここでいう「合理性」についても一つの価値判断であり、そこに「論理性」の場合と同じような排除の原理が働いているという見方もできなくもない。確かに折原は次のように述べる。

「そのさい、まず「理にかなっているので明瞭に分かる」<合理的>行為を、<理念型>として構成し、これをじっさいの経験的行為と比較してみる、という手法が採られる。……ヴェーバーが、<合理化>や<合理的なもの>を重視したのは、理想として<合理主義>を信奉していたとか、現実が合理的に構成されているという世界観を抱いていたとか、なにかそうした理由によるのではなく、むしろ、世界が非合理であるからこそ、また、そうした非合理性を<解明>するためには、このように<合理性>な極から出発する以外にはないからこそ、という方法上の理由によるのである。(客観性、p254⁻255、折原の解説部分)

 この議論は、科学的な研究を行うためには方法論的な区分けとして用いらざるをえない、という態度から「理にかなった」ものを選んでいこうという意味で合理的なものを「理念型」構成しようとするものである。しかし、この説明は不十分ではなかろうかと思う。何故ならやはり論理的でないものが排除されるのと同じように、理にかなわないものもまた排除(分析)の射程に入ってこないようにも解せるからである。
ヴェーバーはどう説明するか。倫理論文(の改訂版)において、「合理性」の用法への批判に対し、こう答えている。

「ブレンターノはこの記述をもとにして、世俗内的禁欲が人間のあいだに作り出していった「合理化と訓練」について後段で私が展開している議論を批判している。そのような合理化は「非合理的生活」への「合理化」となる、というのだ。たしかにその通りだ。「非合理的」というのはそのもの自体として言われているわけではなく、つねに特定の「合理的」な立場からして無信仰者からすれば一切の宗教生活は「非合理的」だし、快楽主義者からすれば一切の禁欲生活は「非合理的」だが、それらもそれ自身の究極の価値からすれば一つの「合理化」でありうる。この論考が何か寄与する所があるとすれば、この一見一義的にみえる「合理的」という概念が実は多種多様な意義をもつものだということを明らかにしていることだろう。そうであってほしい。」(倫理、p49−50)

 ここで問題となりうるのは、まずもって「合理性」を善悪の価値判断と切り離し、あくまで「その人の行為を根拠付ける価値」として捉えようとしていく態度であるといえる。有名な4つの行為の類型論についても、もちろんそれが継承されているとみなければならないだろう。「感情的行為」という理念型は折原の先の引用の説明だけでは定義できないのではなかろうか。合理的か非合理的かという問題は重要でないのである。

※4 学問とは、それに携わる学者集団は一定信頼関係の担保の上に成り立っているという側面があると一般的には言われる。でなければ、内容をすこぶる簡略化した「論文」など書けない。学者集団は当然のように、「論文」に対して疑義があればそれに対する疑義を見出し、討論することが想定されている(ピア・レビュー)。「理念型」の議論も当然そうだが、社会現象からある要素を取り出し、それを精密化していく議論の正当性については、他の可能性などをその討論の中で想定しており、それによって「論文」は、簡略化された「理念型」を示すことが了解される。この簡略化はむしろ理解のしやすさを考えれば普通必要とされている観点であると言える。したがって、知的誠実性の問題も、その論文が見た目上「全てを語ること」を必要としないと考えるべきではないか。学者集団の外部からはそれが見えないが、内部ではそのような議論がなされていることが想定されている。だからこそ、簡略化した議論の展開が許されているのである。
 羽入はそもそもそのプロセス自体を信用していない。恐らく、羽入があまりにも安易にヴェーバーを「詐欺師」という言葉や、「痴漢」という言葉で表現してしまうのは(羽入2008:49)、「世間」がそう定義しているから、という根拠をもって指摘している。しかし、これが必ずしも「学者規準」で正当性が与えられるとは限らない。羽入はこの両者の区分を無視して、「詐欺師」というレッテルを貼っていると評価するしかないように思えるのである。
 おそらく、羽入―折原論争はこの論点にまずもって帰着する。そもそも私が整理してきた「理念型」なるものの運用自体を世間は認めているのか?羽入は結局それを認めていないと言っていると判断するしかない。羽入はあまりにも素人を一般的な基準で過大評価してしまっているのである。確かに優秀な素人の存在は認めるべきであり、それがむしろ学問の限定的関心を深めることに貢献するという主張は一理あるだろう。しかし、それにしては、羽入の議論の仕方というのは、その「素人」を一般的に取り上げてしまっている。「詐欺師」という表現に羽入が正当性を与えている態度そのものにそれが現われているのである。引用しよう。

「世間では普通、こうした作業を指して「でっち上げ」と言い、そうした作業をした人物を「詐欺師」と呼ぶ。マックス・ヴェーバーの「資本主義の精神」の理念型構成の手続きは、その倫理的性格に関する限り――そしてこの倫理的性格という観点は「資本主義の精神」の構成において最も重要なものの一つであったはずであるにもかかわらず――残念ながら支持され得ない。」(羽入2002:191)
 世間は「気まぐれ」である。ヴェーバーがフランクリンの態度を適切に拾わない(と羽入が判断した)理念型形成について、まさに詐欺師と呼ぶかもしれないし、詐術に引っかかってこの点を無視してヴェーバーを支持するかもしれないし、その違いを理解してなお、ヴェーバーの前提を受け入れるかもしれない。羽入の問題はヴェーバーを「詐欺師」とし、「犯罪者」であると、勝手に世間の見解を先取りして評価してしまった点である。
 「詐欺師」というレッテルを貼りたいのであれば、やはりヴェーバーが述べていた「知的誠実性」をもって議論すべきであっただろう。しかし、羽入が知的誠実性に配慮した議論をしていたなどと言うことは著しく困難である。先ほどの引用が何の前触れもなく「世間」を用いていることからも明らかだが、2008年の著書で折原への反論においてはその大部分を、ヴェーバーの議論とはまるで関係ないはずの折原の人物批判に充てていることからも明白である。

※5 もちろん、このような論点は言い回し、言葉尻の問題でしかなく、それが専門家集団内の議論であれば、当然そのような語られ方をしても、専門家間では不確かさがあるもののとして了解され、批判を展開していくという方法もありえるだろう。しかし、そのような場にないのであれば、このような記述の仕方には問題があるものと考えていかなければならないのではなかろうか。専門家集団においては説明に省略が可能でも、素人向けにはそのような省略はむしろ問題ともなりえるのだから。