な行

「主体動員論批判」について―中野敏男「大塚久雄と丸山真男」再訪

前回、中野敏男に触れた。中野の著書は私のこの読書記録帳の1冊目のレビューで、当時課題についても提示していたこともあったので、このタイミングで私の回答を行っておきたいと思う。 中野の著書は、「ボランティア動員論」に対する批判を、その背景にある…

夏堀睦「創造性と学校」(2005)

今回は前々回デュークのレビューで取り上げた「創造性」の議論に関連して、夏堀の著書を取り上げる。 まず、本書が異色の書であることを押さえておきたい。それは「①ネオリベの立場から書かれた②実証的な著書」という点である。①②それぞれの立場から書かれた…

日本における「競争と選抜」の言説について―西尾幹二を起点にして―

今回は西尾幹二の教育論を検討するのに先立ち、その中心的論点の一つとなっている「競争と選抜」の関する議論を検討したい。この「競争と選抜」の議論は、日本人論が興隆した時期に並行して、70年代後半から80年代にかけて多くの言説が語られたように思える…

縫田清二「ユートピアの思想」(2000)

今回は日本人論の関連で、縫田のユートピア論を取り上げる。特に今後取り上げる予定の西尾幹二の議論とも関連するため、特に「理想」と「実態」に対する見方についてを中心に検討したい。 ○「大衆としての日本人」と「代表としての日本人」について(または…

中野雅至「公務員バッシングの研究」(2013)

本書は「公務員バッシング」という「現象」について、その発生背景について論じた本らしい。「らしい」としたのは、私自身が本書を偶然図書館で見つけ、タイトル及び分量から期待していた内容とは全く違うものだったからである。もちろん私が期待したのは、…

西尾幹二「西尾幹二全集 第一巻 ヨーロッパの個人主義」(2012)

今回も日本人論を取り上げる。 西尾については最初に「教育と自由 中教審報告から大学改革へ」(1992)を読み、レビューする予定だったが、背景として西尾の考える日本人論について押さえておく必要があると感じたため、本書を読んだ。 その考え方についてはこ…

野村正實「知的熟練論批判」(2001)

今回は以前小池和男のレビュー後に小池批判を行う著書があるのを知り読んだ野村の著書である。野村はすでに一度小池の「知的熟練論」の理論面での批判を行っているが、私もレビューした遠藤(1999)の提示した人事評価における「仕事表」の捏造の可能性に触発…

フリードリヒ・ニーチェ「権力への意志」

今回はニーチェを読みます。訳書は理想社版のニーチェ全集から、11巻と12巻を取りあげます。(読書ノート、上巻) p22 「ニヒリズムとは何を意味するのか? ——至高の諸価値がその価値を剥奪されるということ。目標が欠けている。「何のために?」への答…

西田慎「ドイツ・エコロジー政党の誕生」(2009)

今回はこれまでの路線から脱線して、ゆるくいきたいと思います。最近本を読み込んで書いているので、このままだとなかなか更新できなくなりそうなので…。読書ノートも付けないで、読んでて思ったことなどだけ書く回をシリーズ化できればと思います。 さて、…

アントニオ・ネグリ「さらば、“近代民主主義”」(2006=2008)

(読書ノート) p30−31 ネグリは、ハイパー近代(現代という時代を常に近代の伝統との関係において考える、ベックなどの認識)ではなく、ポスト近代として(特に権力、労働、グローバリゼーションにおいて見られる)政治状況をとらえる。P76 「市場という考…

ステファヌ・ナドー「アンチ・オイディプスの使用マニュアル」(2006=2010)

(読書ノート) P40 「ポップ心理学では、幸福はむしろ道徳的価値として理解される。「悪くなる」より「良くなる」のほう、ではもう関心事にはならない。「悪にしたがう」より「善にしたがう」のほう、これが関心事となるのである。」 p41 「ではなぜわたし…

アントニオ・ネグリ、マイケル・ハート「<帝国> グローバル化の世界秩序とマルチチュードの可能性」(2000=2003)

中野論文を読んでからまず興味をもったのは、新自由主義的な「統治」の性質の問題でした。フーコーなども読んでましたが、「自発的」な主体がどのようにして従者として組み込まれていくのか、そのメカニズムを追った本をよく読んでいました。 その中でも最も…

中野敏男『大塚久雄と丸山眞男——動員、主体、戦争責任』(2001)

1冊目ですが、今の関心に結びついたきっかけになった本です。 昔は、記録と一緒に本の一部コピーとかもしていたのですが、何故か見当たらなかったため、極めて断片的な内容になりますが、私の読書記録の意図もわかりやすくなると思うので、掲載します。 ち…