杉本良夫/ロス・マオア「日本人は「日本的」か」(1982)

  今回はすでに予告していた杉本・マオアのレビューである。
 本書は「日本人論」の批判の著書である。本書の大きな主張点の一つは、『日本人論は単一な国民性論とみられており、その複数性を考えようとしない』という点である(p69)。ベネディクトの「菊と刀」からすでにそうであると述べられ(p35)、むしろこれはアメリカの論者における議論の方が強いとみているようである(p79-80,p177)。
 これは、前回の土居のレビューでも「甘え」の普遍化を介して単一性を説明していた点に対する批判と言ってよいだろう。土居の場合、「学生運動の担い手」や「病理者」と安易な同一視をされた「日本人(?)」が作り出されてしまうが、それには果たして一般性が認められるのか、他の集団の議論にまであてはまるのか、という視点がないということである。

 もう一つ本書で重要なのは、『日本の日本人論においては方法論が欠落している』と指摘する点である(p155-156)。何をどのような方法で分析した結果見いだされた傾向が日本人論なのか、という見方が足りないというのである。これは大学の教育においてみられるとされ(p121-122)、その背景として日本独特のジャーナリスティック・アカデミズムの存在を示唆する(p120-121)。このような傾向が日本独自なのかは置いておくにせよ、この「方法論の欠落」という観点は極めて重要な指摘である。特に考慮なく対象が無際限に広がってしまうこと、また因果関係についての検討(因果関係を説明する際に他の可能性についても検討すること)も欠如している理由はまさに方法論の欠落だろう。本書がその意味でまず方法論を確立した上で日本人論を議論すべきというスタンスに立っているという点は(あたりまえのはずだが)押さえておかねばならない点である。


○「日本人論」は特殊なのか?
 本書ではp13にあるように国民性をめぐる議論が流行しているには日本独特のものである、という指摘をしている。「自らを絶えずユニークだと主張している」ということをこの特殊性の一端とみているようである。
 しかし、この主張は二重の意味で批判的検討が必要だろう。まず、「日本の国民性論は他国と比べて盛んである」という主張である。これは「日本人論」と「アメリカ人論」や「イギリス人論」を比較した場合には妥当するかもしれない。「日本人は」という主語をもって議論している点においては、まだ妥当性があるようにも思える(根拠はないが)。
 但し、このような「○○人」という枠組みとは異なる形で「自らの国家に属する人間を定義付けるという発想が欧米よりも日本の方が強い」という主張に読み替えた場合、正しいかどうか怪しいのではないかと私は思う。
 
 まずもってそのような比較の枠組みで物事を捉えるという見方はかなり古くからあるのではないかと思われる。かのヘーゲルも「歴史哲学講義」において次のような指摘をしているという。

 
「第一の時代は、……幼児の精神に比すべきものである。そこでは、いわば精神と自然との統一が支配している。私たちはこの統一を東洋的世界に見いだす。……この家父長制的な世界においては、精神的なものはひとつの実体的なものである。個人は単なる偶有的属性として、この実体的なものに附加されるにすぎない。……精神の第二の関係は、分裂の関係である。……この関係はさらに二つの関係に結びついている。第一は精神の青年時代であって、……これはギリシア的世界である。他の関係は精神の成年時代の関係であって、そこでは個人が自己の目的を対自的にもっているけれども、その目的は一つの普遍的なもの、国家のための奉仕においてのみ達成される。これがローマ的世界である。……第四に現われるものはゲルマン的時代、キリスト教的世界である。……キリスト教時代には、神的な精神が世界の中にあらわれて、個人の中に席をしめているので、個人は今や完全に自由で、自己の内部に実体的な自由をもっている。」(上山春平「歴史と価値」(1972)P101-102からの引用、訳者は上山)


 ここで「ヘーゲルは、アジアを世界史の始点、ヨーロッパをその終点とみて、世界史は太陽のように東から西へ進む、などと言っている」(上山同書、p102) と述べているからも、西洋中心的な見方から歴史解釈しているのではないか、という疑念が晴れない。
 また、アメリカにおける対抗文化論の文脈でも、特に「東洋」との比較というのはよく出てくる印象がある。


アメリカの多くの地方に、新しい「自発的原始主義」、つまり原始民族と同じ質素な暮らしをしようとする雄々しい努力が現われたのである。
アメリカのラディカルな若者たちの間では、質素、優しさ、貧乏、共同生活、移動の自由、新鮮な空気、清浄食品、自然との睦み合い、を特色とする新しい精神がますます強調されるようになった。この新しい事態の進展でとくに目につくのは、禅と道教の影響である。アメリカ・インディアンの文化の影響も同様に顕著である。」(シオドア・ローザック「対抗文化の思想」1969=1972、pxvi-xvii)

 仮に「アメリカ人論やイギリス人論は、日本人論よりはるかに少ない」ということが真であるにせよ、ここでむしろ問われねばならないのは、『なぜ欧米には「○○人論」という論法がないのか』という点ではなかろうか。そして仮説として提起する際のヒントがこれらの議論にあるように思う。この手の議論では常に東洋が比較対象とされ(正確には現時点から遠方に置かれ)、そこに何らかの意味が与えられる。基準点はあくまで欧米側にあり、参照点として東洋が定義される。まさにオリエンタリズムの着想であるのだが、「日本人論」というジャンルもまたその「参照点」として日本が提示されているだけなのではなかろうか?日本からの目線と欧米からの目線というのは、結局対称的ではないのである。だからこそ、「○○人論」というのも欧米ではあまり妥当しないのではないだろうか?本書ではこの点についてまともな実証的比較を行っていないことからも(※1)、問われてしかるべき論点だと思う。少なくとも、日本人論の一翼は欧米人によって描かれたものであることは明確であり(※2)、日本人論について日本人自身がアイデンティティ獲得のために議論されているという言い分は全く通らないだろう。


○日本のジャーナリズムは特殊なのか??
 また、上記のような議論が盛んに行なわれる背景に日本の独特なジャーナル界の影響を挙げている点も、本書の注目すべき点だろう。
 確かにこの影響は検討に値する。新聞に限れば日本人は国際的にも購読者数が多いのは事実である。しかし本書で特に重要であるだろう雑誌の購読者、更に言えば知識人が関わるような雑誌について、それが厚い層をなすような購読者がいることが日本独自であるというのは実証的な議論があるようにも思えず、かなり早計な判断であるように思う。比較をしたことになっていないが、少なくともネットで調べた範囲内では、明確に日本のジャーナルの特殊性を認めるほど層の厚さがあるようには読めない。

 というのも、そもそも比較できる資料が新聞に比べ極端に少ないのではないかと思われるのである。国際比較の観点から言えばわずかに海外のwikipediaにまとめたデータが拾えたくらいであった。

“List of magazines by circulation”
https://en.wikipedia.org/wiki/List_of_magazines_by_circulation

少々ややこしいのは、ここで述べられている各国の発行部数の定義も異なっている可能性がある点である(日本では1号あたりの数字を集計するのが標準的らしいが、アメリカにおける数字は半年間の合計部数である可能性がある。
参考:「アメリカの雑誌 発行部数ランキング(2012年)【ABC(部数公査機構)】」http://10rank.blog.fc2.com/blog-entry-51.html)。


 また、こちらではアメリカの雑誌の総発行部数ベースでの数字の経年比較がされている。これもまた発行部数の定義がわからない。

「米雑誌業界の動向をグラフ化してみる(紙媒体編)(SNM2013版)」
http://www.garbagenews.net/archives/2046169.html

 また、上記サイトからわかる傾向として、アメリカのベストセラー雑誌は発行前に購入が約束された定期購読者の方が圧倒的に多く、店舗販売に重きを置いていると思われる日本とは異なる発行形態といえる。このため発行部数と実売部数の差がアメリカの方が有意に少ないことが想定される点も、実態把握を困難にしているように思える。
 いずれにせよ、このような実証的側面からの議論というのは、新聞の議論に留まっている印象が強く、ジャーナルそのものの議論まで至っているとは少し考えづらい。日本においてジャーナル知識人のような層が存在することは確かに事実のように思えるが、だからといってそれが欧米にない考え方だ、というのはかなり早計であるように思える。むしろ、敢えて上記の傾向のみから判断してしまえば、安定した購読者が見込める仕組みはむしろアメリカの方が確立されており、固定したジャーナル言説も形成されやすいのはアメリカの方ではないのか、とさえ思える。実際、国会図書館のデータベースを少し調べた限りでも、このような観点からのジャーナルの研究は確認できず、この点は「未確認」の領域なのではなかろうかと思う。


○「日本人論」における議論の範囲について
 この論点は、「本書で位置付けられている日本人論というのが、誰によって、誰を対象にして議論されているものを指すのか」という問いを立てることで更に説得力を増す。一般的に日本人が受容する日本人論というのは、素朴に考えれば「日本で語られる日本人論」であるように思えるのだが、本書で扱う日本人論は明らかにそれが妥当せず、強いていえば「世界で語られる日本人論」という目線で取り扱われているのである。
 実際、どこの基準での日本人論なのか、本書から読み取りづらい。P19-20の議論はどこでの言説なのかが読み取れない。p31-32を読めばアメリカ基準とも思われるが、p40やp44-45から読むと、おそらく「英語圏」における議論というのを念頭に入れていると思われる。共著者のロス・マオアが何人かにもよるだろう。
 海外で語られる日本人論と日本で語られる日本人論、相互に影響を受けているのは間違いないものの、語られる内容はやはり異なる。「ライジング・サン」で語られた日本人論も若干の違和感を感じたが、やはり何らかの「偏見」がそこに含まれているし、日本における日本人論もまた「社会問題」といった問題意識に支えられてその部分から海外との比較を欠くといった自体を生むことも多い。その意味では日本で語られる日本人論と、海外で語られる日本人論は一定の異なる性質を持ち合わせているようにも思える。これまでの考察の中では、日本で語られる日本人論はその時々の社会問題の影響も受けながら議論されることも多いように思えるが、欧米からはそのような関心(少なくとも日本の「社会問題」)から議論されることはほとんどないようにも思える。
 その意味で本書では二通りの態度がありえることを考慮しているとは言い難いが、両者の違いとして「同質同調論と分散対立論」の論じられ方の違いについて言及されている(p79-80)。つまり、欧米の論理では圧倒的に同質同調論(「すべての日本人は〜である」という論調)がなされているのに対し、日本の日本人論は相対的に言えばその傾向が弱いということである。しかし、本書の態度が日本と欧米を区別せずに議論している節もあるため、この指摘の意味するところはよくわからない。
 

 以上のように、本書の日本人論は確かに「複数性を無視しているこれまでの日本人論の批判」としては妥当するだろうが、本書自体がとる日本人論の立場もかなりあいまいであり、なおかつおかしな論点、従来の日本人論に対する誤解も多分に含んでいるという点でそのまま支持し難い面があるといってよいだろう。本書に限らず日本人論批判の著書においては、これまで私が読んだものについて限れば同じような誤解、もしくは想定する日本人論が著者の狭い目線の中でしか捉えられていない日本人論であるために、総論としての日本人論を捉える場合にこれが誤りであるという点が散見されるのである。
これは、これまでのレビューで取り上げた「日本人論は具体的な海外という『他者』を想定している」という誤解にも現われているといえる。これについては理論的には確かに正しい面もあるが、実際の日本人論として議論されている著書をしっかり読めば、ズレも認められるのであり、そのズレによって見落とされる論点も多分に出てくることになるのである。


○「日本人論」の時代区分について―日本人論の「特殊性」と「普遍性」について

 最後に日本人論における時代区分への言及(p59,p66)について触れておきたい。日本人論の時代区分については、他書では例えば青木保「「日本文化論」の変容」(1990)などでも議論される(※3)。ただ、青木の論も基本的にほとんど杉本・マオアと同じ見方をしている。
 この時代区分に関して言えば、日本人自身の自己肯定観の有無と、海外から見た日本人の目線(と日本人が認識しているもの)の影響が大きく左右されていると見るべきだろう。P59のような見方はまさにそうで、基本的に日本人の自己肯定観と日本人論を特殊なものとしてみようとする観点は関連すると見ている。
 また、ここで押さえておくべきは、日本人論における「近代化」という見方である。これは土居の議論においても見受けられた「普遍化」の試みとも同じであるが、日本の発展について見ていった時にその原因が日本独自のものではなく、近代国家の段階を基本的にはなぞっているとみなすとき(日本はあくまで従来の先進国から遅れて近代化し、先進国と同じ道を進んで追いかけていく立場にあるとみるとき)、「近代化」という表現されるようである。本書でも1955-1970年の時期を近代化理論による説明がなされていた時期と捉えているが、これは例えばロナルド・ドーアの「後発効果」のようなものを想定したものと言ってよいだろう。青木保の著書では次のような説明もなされる。


公文俊平が指摘するように、七〇年代の日本研究は、それ以前の研究にみられた「西欧近代社会」を準拠点にすることを超えて、「近代化=西欧化」という視点を離れたところに、新たな領域の開拓を試みるようになった。「高度成長」による、経済大国としての世界における地位の向上とともに、繁栄の時代を迎えたこの時期の日本では、一層強く「日本人とは何なのか、その可能性は」という「アイデンティティー」を問う試みがなされるようになる。」(青木1990,p108-109)


 青木の認識もそれまでの近代化路線から日本独自の視点を加えるように研究が進んだのが70年代の傾向であったと言ってよいと思う。ある意味で土居の議論は基本的に「近代化論」の立場をとっていると言えたが、日本の独自性も強調しようとしていた点で、この70年代の議論のはしりと言うこともできるだろう。ただ、私自身はこの70年代の具体的言説について把握できている訳ではない。

 本書と青木(1990)の2冊の著書と私の見解を合わせて、この「普遍化―近代化/特殊化―日本化」という軸と、その時期の日本の状態に対する「肯定―否定」という軸で見た場合に、概ね次のような時代区分が可能になるだろう。


1.1930−1945年(特殊―肯定)
  戦時体制を背景にした徹底的な日本文化の肯定と欧米の否定
2.1945−1955年(特殊―否定)
  戦時体制の反動としての否定的言説
3.1955−1970年(普遍―中立)
  日本の高度成長体制に付随する言説
4.1970−1985年(特殊―肯定)
  世界的に評価された日本の特殊要因を探る言説
5.1985年―(普遍―否定)
  日本バッシングを端に発した批判と日本の体質改善の要求言説


 今後特に問題にしていきたいのはやはり5期である。そもそも5期の言説自体が日本人論的でないように見えるのは、すでにレビューで述べてきたが、「反省要因」としては確実に「日本人論」の語りが継続されており、その要素の改善を要求する言説になっているということなのだろうと思う。
 また、ここに6期目が存在するのかというのこと、又は日本人論という枠組み自体がすでに滅んでいるのではないのか、という見方も検討すべき課題だろう。このような動向についても今後追ってみたいと思う。



※1 本書において注目すべき実証内容として、ヴォーゲルライシャワー、中根、土居の四人の日本人論者の著書の、日本人としての性質の立証方法に注目した比較があるが(p161-163)、これについても、具体的にどのような基準で分析したのか見えづらい所がある。例えば、「自分の権威に依存した主張」とした内容について、中根のケースについてはわかるものの、土居のケースについては、どのような文章がこのような主張とみなされているのか、土居の著書を読んでもよくわからなかった。本書においてもその説明が全くなされていない。このような点からも、かなり中途半端な分析になってしまっているのが惜しい。

※2 筑紫哲也編「世界の日本人観」のように外国人による日本人論の著書のレビューだけで一冊の本になること、またレビューした中ではD.W.プラース「日本人の生き方」などもアメリカ人に対する内省を促す側面の強い著書であったなどからも、このことが言えるだろう。

※3 青木は戦後の日本論の区分として「否定的特殊性の認識」(1945-1954)、「歴史的相対性の認識」(1955-1963)、「肯定的特殊性の認識」(1964-1983、前期後期の区分あり)、「特殊性から普遍性へ」(1984-)という4つの区分を行っている(青木1990,p28)。



(読書ノート)
p12「力点の置き方に違いはあっても、これらの日本人論はいくつかの点で根本的には同じ内容の主張を繰り返してきた。
第一に、個人心理のレベルでは、日本人は自我の形成が弱い。独立した〝個″が確立していない。
第二に、人間関係のレベルでは、日本人は集団志向的である。自らの属する集団に自発的に献身する「グルーピズム」が、日本人同士のつながり方を特徴づける。
第三に、社会全体のレベルでは、コンセンサス・調和・統合といった原理が貫通している。だから社会内の安定度・団結度はきわめて高い。」
※後述する中根ら四人の日本人論を例示する。
P13「こうした日本人論が、姿を変え、形を変えて、日本の言論市場で花ざかりだ、ということ自体注目に値する。自分たちの国民性の特殊さを強調する書籍が、何百冊も出版され、何冊ものベストセラーが登場するという社会は、日本を除いて、おそらく世界に類がない。日本社会そのものがそれほど独特であるかどうかは別として、自らを絶えずユニークだと主張しているという意味でこそ、日本は文字どおり特異な社会ではあるまいか。」
※これも実証してほしいものだが。「オリエンタリズム」という言葉があるように、西洋と東洋を比較して論じた書籍こそ、枚挙にいとまがないようにも思うが…アメリカの抵抗文化の書籍にもそのような記述は山のようにある。

P19-20「年を追うごとに、日本の経済支配に伴う不平等や不公平が問題になりはじめている。一九五〇年代に「醜いアメリカ人」が軽蔑され、六〇年代には「醜いソ連人」が非難を浴びたように、七〇年代には「醜い日本人」が爼上にのぼった。「エコノミック・アニマル」の日本人は、尊大・傲慢・無遠慮で、金もうけの亡者として、全世界を闊歩している、というイメージが、次第に世界の言論の中に定着してきた。」
※これらはどこで、いかに語られたのか。
P25「しかも、大切なことは、日本から海外向けに紹介されている芸術は、ほとんどの日本人の日常生活から切り離された位置にあるということだ。にもかかわらず、特殊な一部の日本人によってたしなまれている古典芸術だけが外国用に輸出されるために、海外ではこうした芸術が、日本の大衆芸術だと誤解されている節がある。ところが、日本に輸入される芸術品目の圧倒的多数は、アメリカ製の流行歌、フォークソング、メロドラマのような大衆文化が中心だ。」

P36「このような文脈に中で、日本人は特殊独特な国民だと主張するいわゆる日本人論も、国際的に見た日本人の文化的幽閉状態に大きな役割を果たしている。このくびきから自由になるためには、日本の歌舞伎やオーストラリアのメルボルン・シンフォニーといったエリート文化の枠を越えて、民衆文化の出会いのチャンスを増やしていく道を採ることだ、と私たちは考える。そのためには、それぞれの社会の中であまり高級だとは思われていないが、生活者のホンネを代弁している面の強い大衆芸術の相互交換が、ひとつの道を開くのではないだろうか。」
※アクセスの可能性という意味で、ネット社会は確実にこれに寄与している。
P31-32「海外における日本のイメージは、戦後ほとんどアメリカから輩出した。アーサー・ウェイリージョージ・サンソム、ロナルド・ドーアなどの例外もあるが、ヨーロッパの日本研究が前面に登場して来たのは、おおむね一九七〇年代にはいってからのことである。七〇年前後までは、文献量から見ただけでも、アメリカがヨーロッパを圧倒していたし、アメリカ製の日本像が、今日でも、最も影響力を持っていることは、間違いない。」
※とはいうが、客観的な証拠は何も示されない。
P32-33「戦前のアメリカ人類学には二つの傾向が強かった。ひとつは、全体社会のレベルで「文化の型」を抽出することである。……もうひとつは、人間の可能性を発見するという関心が強かったことである。その結果、「西洋」が産業化の過程で失ったとされる過去の美しい伝統が、未開社会の中にいまも生きている、というロマンチックな憧れが研究の中に持ちこまれた。そのため、研究対象の社会の理想像と現実像が混乱するという事態が発生する。これらの傾向は、戦後のアメリカの日本研究を考える背景として重要である。
この伝統の中で、九州の農村について分析したジョン・エンブリーの『須恵村』が、一里塚を打ち立てた。しかし、海外での戦後の日本研究に、最も大きな影響をおよぼした本を一冊あげるとすれば、それは、何といっても、終戦直前に出たルース・ベネディクトの『菊と刀』である。」

P35「一方において、日本人は、優雅で丁寧で平和的な、菊をめでる国民である。しかし、他方では、残忍で乱暴で好戦的な、刀を振りまわす国民でもある。この一見矛盾する反対の傾向が、一国民の中にどのようにして同居しているのか、という問題をベネディクトは解こうとした。
日本人にとってはお互いに矛盾しないように見える二つの概念が、何故アメリカ人には対極的に矛盾して見えるのか、という問題は、それ自体おもしろい研究課題をふくんでいる。しかし、より重要な問題は、「菊文化」を持っている日本人と「刀文化」を持っている日本人とは、二組の別々のグループである可能性が、全く考えられていない点にある。……ここに「ひとまとめ主義」のひとつの行きづまりがある。」
※社会問題を捉える際にも、この見方は重要。
P37「もうひとつの流れは、原始的な郷悠という感情を根底に置いて日本を見直す、という立場である。すでに述べたように、このような見方は人類学一般の特徴とも関係があり、この潮流にある人たちは、欧米産業国が近代文明の発達の中で過去の牧歌的・田園的・自然的な何かを失った、と考える。こうした前近代へのノスタルジアを胸に日本を見つめるとき、そこには西洋が失った古い伝統が波打っているように思われるふしがある。」
※もうひとつの「西洋の日本観察者の」流れは、近代化論として、西洋優位を語るものだという(p36、ダグラス・ラミスやロジャー・パルヴァースの指摘として)。

P40「こういった長期展望に立つ解析を集大成しようとする試みが『日本の近代化についての研究シリーズ』全六巻に結晶した。このシリーズは、一九六〇年から七〇年にわたって、英語圏の屈指の日本研究者を動員してまとめられた。しかも、英語出版界では最も権威のあるとされるプリンストン大学出版会から出版されたせいもあって、このプリンストン・シリーズは今日の日本研究にもなお影響力を持っている。」
P42-43ウィリアム・モーレイの引用…「マルクス主義史観は『人間抜きの歴史』として非難をあびてきた。このような史観は日本人には受け入れにくい。日本にはあれこれと過ちもあった。しかし、日本にはあれこれと過ちもあった。しかし、日本は集団の責任・献身の美徳・因縁の意識が人びとの感受性を織りなす国である。そこでは、戦勝国マルクス・レーニン主義者態度よりも、もっと人道的な態度が深く要求されてきた。過去の間違った道程を否定するものではないが、敗戦の大きな溝に橋をかける人道的な歴史が望まれているのだ。このような人道性を発揮すれば、生き残った日本人は共に暮らしていくことが出来、未来の世代は祖先に愛と誇りと、少なくとも理解をもってふりかえることが出来る」
※これは「近代化論にとって、マルクス主義者の強調する日本社会の中の緊張・対立の実態とその意味するものを考えることが、日本研究の中心課題であることを指摘する。」ことに付け加えた議論で、何故か対立関係の分析を無視したコンセンサスを述べたものとしてその「大前提に対しては、ほとんど疑問をはさむことはなかった」と指摘する。

P44-45「この波に乗って、一連の日本のベスト・セラーが、一九六〇年代の後半から七〇年代の前半にかけて、続々と英語に翻訳される。……
この中で一番よく知られているのは、中根千枝の『タテ社会の人間関係』の英語版『ジャパニーズ・ソサエティ』、土居健郎の『「甘え」の構造』、石田雄の『ジャパニーズ・ソサエティ』、イザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』などである。」
p45「このような日本人の日本人論が英訳ブームを迎えているのと時期を相前後して、ハーマン・カーンの「日本株式会社」説が登場する。この説によると、日本社会全体が大きな株式会社のようなもので、政府と大企業が重役会を取り仕切り、体臭は忠実にこの会社の従業員として働いている、というのである。カーンは二一世紀は日本の世紀であると予見し、日本独特の社会的な団結性・労使関係の安定・高度の貯蓄志向といった価値観が、日本の経済活動を世界一にする、と主張した。この分析は極めて静態的なものであり、日本人の価値観は過去・現在・未来を通じて全く変化しないものとして考えられている。」
p46「こうした考え方をさらに一歩進めて、それならば、欧米先進国も日本から何かの秘訣を学べるのではないか、という着想が、一九七〇年代にはいって発生した。
この視点を理論的に最も洗練された形で示したのは、ドーアの「逆収斂論」であった。この考え方の最大のポイントは、いままで考えられていたように、世界の国々が工業化と共に欧米社会に近づいていくのではなく、日本社会の型に発展していく可能性を示してみせたことである。」
※「英国の工業—日本の工場」(1973)ではイギリスが日本の方向に向かうのが望ましいとしている、という。

P46-47「同じ年(※1976年)に、ウィリアム・クリフォードは『日本における犯罪防止』を出版、経済の急成長にもかかわらず、日本社会は犯罪率を低く押さえることに成功したと強調した。警察・裁判所・監獄などが一般市民の協力をうまく獲ち得ていること、その成功の原因は日本特有のコンセンサス志向にあることなどを指摘して、日本が犯罪防止における最先進国であることを示唆した。これも、逆収斂説の一種である。」
※原題はCrime control in japan。
P49-50「そのすべてを分析することは時間が許さないが、日本人論が描く日本の自画像は、劣等感に影響されている時代と優越感に影響されている時代とがあり、この二つの間を時計のフリコのように揺れ動きてきたとはいえるだろう。このフリコの位置は、日本が国際情勢の中で占めてきた位置と関係している。」
P52「柳田は西洋の観念や法則を日本社会の分析に持ちこまず、常民の経験を資料とした叙述主義に徹した。そのことによって、彼の研究は今なお日本産の概念や理論を構築するための素材として生き生きした内容を持ちつづけているという面がある。しかし、その意識的な非論理性のゆえに、当時の皇国史観の中に、彼の実証研究が吸い上げられていく、という面も否定することはできない。」
※具体的にどうだったのかは見えてこない。

P55-56「このような潮流の中で、もう少しジャーナリスティックな次元では、「日本人野蛮人論」ともいうべき論説が力を得てくる。連合国占領軍総司令官ダグラス・マッカーサーの「日本の精神年齢は一二歳の子供なみ」という実現は、この種の流れを象徴する警句であった。今日でもこの底流は生きている。経済や科学技術はとにかく、文化・意識・生活様式などの点で、欧米先進国より遅れている、という主張である。女性の地位が低い。学閥がある。総会屋が暗躍する。逮捕・起訴された元首相が選挙で当選し実力を手放さない。公私混同の社用族がいる。家元制度がある。記者クラブのメンバーには、特定の新聞社の記者しかなれない。これらはすべて、日本の半封建的・非民主的現実の実現である、ということになる。
このような論説の根底には、近代の西欧・北米社会で理想とされた個人主義・民主主義などを制定基準として、日本の現実を裁く、という方法が潜んでいる。このような見解は、いわゆる知米派とか国際通とか呼ばれる人たちによって展開され、日本の伝統の中で望ましくないと考えられる要素を批判する力となった。しかし同時に、このような人びとによって考えられる〝理想″の西洋には、〝現実″の西洋とは必ずしも合致しない面が多い。この二つの間の開きが大きくなると、彼らの日本分析の中に曇りが発生する。私たちはよく「アメリカではこうだのに、日本ではまだまだだ」というような言論が聞かされるが、アメリカで本当にそうなっているのかどうかについて、十分な根拠を持っていない場合が多い。」
※また、「日本人はすべて同一の傾向を持っているという前提」と「欧米社会をひとかたまりとして理念化する方式」は戦前のアプローチと似ているという(p56)。

P59「高度成長・所得倍増・海外進出といった日本経済の発展によって、一九六〇年代後半から、七〇年代にかけて、日本のエリートは自信と楽観を取りもどした。戦後長い間、「封建的日本」対「民主的西洋」という対比図に悩まされた論者にとっても、この時期の日本経済の発展状況は、目を見張るような新事実であった。したがって、その理論的な説明が急務となる。同時に、日本の「海外侵略」に対する批判も強まる。こうした非難をかわすための対応も必要となる。
 このような前後関係の中で、日本人論は一九三〇年代を思わせる日本特殊国民論に先祖返りする。日本教・新風土論・国民性の研究といった見出しであらわれてきた一連の出版物は、日本はユニークな社会だから、その研究には日本にだけあてはまる特殊概念を使う必要がある、という主張を前面に押し出してきた。この立場は、民主化論や近代化論が、「市民意識」とか「産業化」とか、どの社会の分析にも使えるはずの普通概念を中心にして展開されたのとは対照的である。」
p61「新国民性論の最大の理論的貢献は、一時代前の近代化輪に対して有効な反撃を加えた点にある。このことを過小評価しない方がいい。すでに述べたように、近代化論を定式化した試みとして、最も影響力のあったものに社会学者のタルコット・パーソンズのパターン変数がある。この枠組みによると、人びとの行動基準は〝前近代″から〝近代″にむかって移行し、個別主義から普遍主義へ、属人主義から実力主義へ、集団主義から個人主義へと変わっていく、という。
 新国民性論によると、日本社会はこの種のモデルにあてはまらない。パーソンズの図式とは逆に、日本は高度産業社会になっても、個別主義・属人主義・集団主義が根強く残っており、まだまだ普遍主義的・実力主義的・個人主義的な社会にはなりそうにない、というわけである。
 より広く、近代化論が前近代社会と近代社会の集団の特徴と考えている項目を対照表としてまとめたのが、表4・1である。近代化論によると、産業化の進行と共に、集団の傾向はこの表の左側から右側へ移行する。ところが、日本では、その移行が起こらなかった、だから近代化論そのものの中に間違いがあるのではないか、というわけである。」

p66日本社会独特説の時代ごとの価値観的底流のまとめ
※先進国として高い評価をした「国体文化理論」(1930-1945)、後進国として低い評価をした「民主化理論」(1935-1955)、後進国的側面を批判すると共に、先進国的側面を評価した「近代化理論」(1955-1970)、先進国として評価した「新国民性論」(1965-)の4区分。国体文化理論と新国民性論が特殊性を強調し、それ以外が普遍性を強調するという。

P69「戦後四〇年近くにわたる日本人論を鳥瞰してみると、海外でも国内でも共通して二つの傾向がきわだっている。
ひとつは、日本人のどの個人、どの集団、どの関係を取り出しても、全体に共通なパターンが普遍的に存在している、という考え方である。「日本人は一般に〇〇である」とか、「日本社会ではすべて××というふうになっている」とかいう叙述の根底には、日本社会が他の社会と比べて整合された単一体であり、その全体を貫く特性がある、という見方が前提となっている。」
※それこそ一般的には単一を明言しているかもしれないが、例外もあるのでは。理念型の議論を含めると少々乱暴な感がある。また、「日本だけ単一体」で語っている訳ではないのはすでに述べているが。
P70-71日本人の同質同調論の特徴
※基本的に集団主義の話になっている。「従来の日本人論の主流的考え方」とする。
P79-80「同質同調論と分散対立論の分布は、図5・1に示すように、非常に偏った形をしている。同質同調論は、西洋とくにアメリカの学界・ジャーナリズムをほとんど独占しており、日本でも支配的な流派である。これに対して、分散対立論は、海外では非常に少なく、日本では研究の数は多いが、日本人論の中で登場することはまれである。」
※これは立証が必要な案件である。

P95-96「ひとつは、個人のレベルで日本人が集団に献身的だという仮説をおし進めていくと、いわゆる「役割衝突」の問題にぶつかる。二つ以上の異なる役割の要求に応えるために、板ばさみになって進退きわまる状況がそれである。同調論によると、日本人一人ひとりは、まるでたったひとつの集団に属しているかのような図式が考えられているが、現実には、家族、会社、政党、趣味の会、社会運動集団、労働組合などいくつものグループにも所属している方が普通であろう。しかも、これらの異なる集団が同じ方向の要求をメンバーに課してくるとは限らない。」
P100-101「日本人は自分も属する企業、欧米人は自分の属する職業を基準として、自分や他人を分類する傾向が強い」ことの反論として行った高校生調査で「知人、故郷、親友といった情緒的なつながりについて、日本の高校生がアメリカの高校生よりもずっと低い評価を下している」ことがわかった。
※少しずれた論点もある。日本人論的には大学と同じように「一流企業」の名称によって区切るという論点と、職場の中での団結心が強いから会社別意識が強いという議論をここでは混同してしまっている。前者についてはそもそも高校生に聞いているため意味をなしていない。
P103「この表(※イロハかるたをもとにした格言の価値観のタイプ分類)を観察してみると、この民衆の格言集の中に最も強くあらわれている価値観は、経済合理性、反権力志向、忍耐にもとづき努力、自己技能の開発といった要素であり、権力への服従、自我の未発達、集団への情緒的没入といった日本人についてのステレオタイプからはほど遠い。」

P120-121「日本人論がなぜ日本で流行するのかを考えるさいに、日本には、アカデミズムとジャーナリズムの接点に、ジャーナリスティック・アカデミズムとでもいうべき領域が非常に広い幅で存在しているという状況をも無視することはできない。大学の教職にある人たちが、大衆消費用の原稿をマス・メディアに発表したり、テレビ番組に一種のタレントとして登場することが盛んだ。書店主や通訳、官僚や医者といったさまざまな背景の人たちが、いったんマスコミ用の執筆者となると、評論家という肩書きで、学問的な装いをもった論陣を張る、という風習もある。総合雑誌という半アカデミックな雑誌が何種類もあり、しかも相当の固定読者層を持っていることは、日本の読書界のひとつの特徴だといえる。
こうした構造があるために、いったんこのジャンルにいる人たちが、ひとつの説を吹聴すると、それは単に純学問上の論点としてとどまらない。すぐに何万、何十万、何百万という読者や聴視者の中へ飛びこんでいき、増幅増振されて、社会通念を形成する。日本人論の通説の根強さは、このような学界と媒体との相互依存の関係と無縁ではない。」
※これもあたかも日本独特の話と言いたげに見えるが、著者はそう思っていない可能性がある。結局、その文化の特徴の指標(ここでは分野の幅)が何を参照しているのかわからないからである。それは単なる主観かもしれないし、やはり外国の比較なのかもしれない。

P121-122「日本人論のほとんどが思いつきの連続で、確固とした学問的蓄積の上に組み立てられたものでないという実情の背景には、いろいろな要素がからまっている。日本の大学では、社会科学の方法論・方法・論理といった分野での訓練がほとんどなされない。外国の日本研究の学生たちの多くは、地域研究プログラムの中で勉強するため、日本語の勉強と日本についてのバラバラな事実を詰めこむだけに終わっている。このため、日本でも外国でも、ある権威者が日本についての一般抽象命題を提出すると、その命題を科学的な方法によってテストしてみようとするよりは、すぐに信用してしまうという傾向があらわれる。思いつきの上に思いつきを重ねて展開される日本人論をチェックする学問的勢力が、日本国内にも海外にも十分に育っていないのである。
一方、比較の対象となっている海外の社会については、大学よりも企業や政府の研究機関が詳細で最新のデータを握っているという事情がある。こうした団体の研究はどうしても政策立案第一主義になりがちだ。国策や企業の営利という点を中心にして構築される外国像がどのようなゆがみを持つかは、あらためて繰り返すまでもない。」
※実際のところ、メディアの受け手の態度については何も立証材料を提示していない。また、バラバラな事実しか拾えていないという見方も、方法論の欠陥と、その対処能力の欠如とみなせないのか??

P134「例えば、「日本的」という概念の中身は何だろう。あえて日本的という以上、他のどの社会にもない属性か、せめて日本において最も著しい傾向でなければ、その資格はない。ところが、目下流行の日本人論は、日本については詳しいのだが、比較の対象になっている外国社会については、情報も認識も薄っぺらだ、というのが実状である。」
※一見、この主張はもっともだが、実際はそうならない。「少なくとも日本にはこのような問題がある」という意味で用いることには問題があると言い難い。これはむしろルール要請として用いていくほかないだろう。しかも、本書自体にもその傾向がある。
P135「例えば、日本人は「親方日の丸」で権威に弱いとよくいわれるかと思うと、「半官びいき」で弱い、という説もある。このどちらが正しいのかは検証を要する。」

P149-150「もう少しこみいったやり方としては、語源法というべき方法が使われる。例えば、英語の文献でよく出て来るのは、「すみません」という表現である。この言い方はもとを正せば「あなたに対して無限の精神的な借りがあるのだが、これをいくら努力して返そうとしても、それでもう済んだということはない」という意味合いから出て来ているのだ、という。この表現を根拠にして、日本人は対人コンプレックスを持っており、この「すまない」という心に押されて、仕事にはげんだり、勉強に精出したりするのだ、といった種類の言説が登場する。「おかげさまで」という表現は、「あなたの保護・慈愛に感謝する」という意味で、この一言を見ても、いかに日本人が対人依存的かよくわかる……などという議論も、同じ傾向に属する。
しかし、言葉の語源がどの程度現代の使い手によって意識されているかそれ自体大問題であり、一足跳びに国民性の定義にまで発展させられる性質のものではない。だれでも知っている「グッドバイ」という英語は、語源をたどれば「神があなたと共にありますように」という意味である。だから、英語国民はすべて宗教的である、という議論は、いささか滑稽ではないだろうか。」
p152-153「第四に、とくに日本人の日本人論者に多い排他的実感主義が問題である。こういう人たちの間には、日本のことは日本人にしか解らない、という迷信を信じている人が多い。こうした解り方の根拠となるのは、彼ら自身の体験の量なのである。……
しかし、おもしろいことに、今日隆盛を極めている日本人論の筆者である日本人学者・ジャーナリストは「日本人のことは日本人にしかわからない」という前提に立つ一方、比較の対象となっている海外社会については「われわれは外国人ではないが外国のことはよくわかっている」という、明らかに矛盾するもうひとつの前提にも立っている。……
ある国家・社会・文化の正確な把握のためには、そこに生まれ育った人の直感だけがただひとつの頼りだ、という考え方は社会科学の基礎となる比較研究そのものを否定する独善主義の危険があるのではないだろうか。」
※以外とこの論点は俎上に乗る。以心伝心論をこじらせるとこうなるようである。その意味ではこの批判は論点がずれている。

☆P155-156「評論家やジャーナリストが、自らの印象を述べることは自由である。社会科学者も同じことをやればよい。ただし、社会科学者が社会科学者として発言するときには、その発言が、社会研究という自らの日々の営みの中に基礎を持っている必要がある。何となく、これこれこういう感じがするというだけでは十分ではない。その感じをきちんとした方法で調べてみるか、あるいはどうしたら調べられるかをはっきりさせておかなくてはならないだろう。……
パーパーバック用に書かれた日本人論は、大衆消費用のものだから、それを社会科学の方法論だの、実証の手続きだのといって批判するのはおかしいのではないか、という考え方もある。それぞれの学者の学術研究の方法論的基礎は、その学術出版を検討してみるべきだ、という説には一理ある。ところが、実際にそれぞれの筆者の学術書を調べてみると、そのほとんどは日本人論そのものとは無関係か、関係があっても方法論は明示されていないことが多い。
むしろ、日本人論者の中には、一種の相互引用の癖がある。論者Aの本を読んでいると、読者Bがこういっているから、というような論証が出て来る。そこで論者Bの本を見てみると、論者Aの言い分が好意的に紹介されているだけだ、というような循環構造があちこちにある。
物理学者がノーベル賞をもらったとたんに、日本人論の重要発言者になったり、数学の専門家が権威ある賞を受けただけで日本社会研究の専門家のような顔をして論陣を張るという場合もある。……日本社会についての素人談義が大研究の成果のように飾りたてられてまかり通ることができるのは、日本人論があまりにもその方法論的な裏づけについて無頓着であったことと無関係ではないだろう。」
※まさに学術的に重要な論点はこれに尽きる。結局「学者」という役割で生きる人間にはこの程度の要請はあってよいはずである。だが、実証的な指摘とは言い難いものも。

P161-163「この三つの表を詳しく観察してみると、少なくとも、つぎの点がはっきりする。
第一に、四著に提示された命題の大部分は、証拠やデータによって裏づけられることなく書き並べられている。このことは、因果関係や相関関係を示す理論的命題に関して、とくに顕著である。
第二に、証拠が提示されている場合でも、中根、土居が根拠として使っているのは、はっきりした基準にもとづくことなく、勝手気ままに選ばれた実例の類が圧倒的に多い。第九章に述べたように、逸話やエピソードに依存するエピソード主義、特殊な語句に依存するコトバ主義は、同質同調論の常套句な方法論と考えられるが、この傾向は日本人の筆者の場合、とくにきわだっている。一方、ヴォーゲルライシャワーの手法には、こうした傾向とは対照的に統計的データの駆使が目立つ。ただ、表の中にはハッキリとあらわれていないが、ヴォーゲルライシャワーは、いろいろなケース・スタディを引用して議論を進めることが多い。逸話にせよ、ケース・スタディにせよ、これらの情報が「日本社会全体」をどの程度代表しているか、という問題が残る。
第三に、比較の対象となる社会が明示されないまま命題が提出されがちである。四著共、単に何となく日本について書いているのか、それとも他の社会と比較して観察される日本の特徴を議論しているのか、はっきりしない場合が多い。」
※ところで、p162では証拠の累計分布なるもので各著者が根拠を示した場合に何をもって日本人論を展開するかの表がある。中根と土居においてはヴォーゲルライシャワーと異なり、「自分の権威に依存した主張」とカテゴライズされるものがある。杉本・マオアはこの点について特段説明していないが、実際に読んでみれば中根の場合、「筆者の考察によれば」(中根1967:p27-28)「筆者の立場からすれば」(同p32)「筆者の観点からすれば」(同p45)といった記述がされており、これのことを指しているのかと思われる。

☆P165-166「一般に、ある概念を定義するにあたって、その語がふくまない領域をはっきりさせることは、概念提出者の義務である。土居説の場合、「甘え」でない状態とは何なのかが、全く明確でない。「個人の自由」とか「個の独立した価値」とか「集団を超越した何ものかに対する所属感」とかいう語句が、「甘え」の反対の状態を示すらしく、具体的にはキリスト教的道徳に依拠した思考や行動を「甘え」の反対例として使っているところが多いのだが、そうかと思うと、ピューリタニズムも甘えたいのに甘えられない心理体制に根ざしているらしいという記述もある(『「甘え」の構造』一三三頁)。
問題は、「甘え」の意味する範囲が限定されないまま、はっきりした基準なしにあらゆる方向に拡大され、どんな状態でも「甘え」の発現形態である、とこじつけることが可能な議論構造になっているところにある。この意味で、「甘え」は無原則的全包括概念に他ならない。八掛を見る占い師がよく「あなたはかなり心配性である」とか「あなたは心の底では親切心の強い人だ」とかの性格占いをやることがある。こういう描写は、各語の定義があまりにも漠然としているので、その意味をどうにでも受けとることができ、占われる人がその気になれば、必ず的中する。」
※これは本書も似た傾向を示すことがある。そして、土居のケースはむしろ程度問題でしか議論できないものに極概念を付与している、という言い方がより適切な問題だろう。このような論法の問題は、結局何を改善すればよいのかという議論の際にも基準がないため、結果「何をやってもダメ」という結論になりかねない。

P169「中根の立論についていうと、ある所ではこういったかと思うと、別の所ではああいうというふうに、前後対立するのではないかと思われる命題が、あちこちに出てくる。
例えば、経営・管理職レベルほど企業間のヨコの移動がむずかしいという観察が展開される一方、大企業への経営陣への〝天下り″現象が取り上げられ、この二つの命題の関係がどうなっているのかは、あまり説明されていない。内部対立や反権力抗争についての長い議論があるかと思うと、日本人はそもそも服従心が強いという主張がくりひろげられ、この二つの矛盾するように見える傾向の間に、どういう関係があるのかは述べられていない。」
※同じような説明はこのあとも1ページ以上続いている。出典は中根「ジャパニーズ・ソサエティ」。原著において天下りの議論はどこにあるのかわからなかった…
p170-171「日本人の集団倫理はメンバー間の「和」を尊重することにあるという主張がなされる半面(※ママ)、集団の中で地位の低い人が、集団の外部で実力を認められ、評判が高くなると、集団の中にこの人に対するねたみや敵意が高まるという。だとすれば「和」はグループの全員に対して、常時公平に作動している一般的な倫理規範とはいえず、ある条件の下では「和」の尊重度はきわめて低くなる、とも考えられる。」

p173「つまり、土居に代表されるコトバ主義的日本人論の根底には、ある言語表象の存在・不存在が、それに符合する心理的属性の存在・不存在と相関するという前提が内蔵されているわけである。
この前提をうけいれるとすれば、まず「甘え」よりももっと頻繁に使用される語彙を考慮すべきではないか、という点が問題となる。土居は「甘え」という言葉が日本社会できわめて使用度の高い語であるといいながら、その根拠となるデータを一度も示していない。そもそも、「甘」という漢字そのものが教育漢字の中にはふくまれていない。さらに、日本の新聞にもっともよく出て来る漢熟語を調べた菊岡正著『日本の新聞熟語——頻度順最重要一千語——』にも「甘」という字は一度も出て来ない。」
p177「表10・5は、ヴォーゲルライシャワーの叙述・因果命題の基礎になっているサンプルのタイプを調べたものである。この表を見ると、両者とも「日本人すべて」とか「日本全体」について述べていることが多く、この点でも同質論的な傾向がはっきりしている。この傾向は、ライシャワーの方に特に著しい。」
※表は日本・日本人の他に、企業組織、大企業の社員といった表現で分類される。ここでの表現はあくまで「日本人は」という表現に留まるのではないか。必ずしも「全ての日本人は」とか「ほとんどの日本人は」という言い方であるとは考えづらい。

P177-178「一方、日本内部の部分的な観察対象ということになると、ヴォーゲルの論述は、政府機関や企業、特に大企業についての観察が中心である。つまり日本のエリート層の観察から日本全体の特徴づけが行なわれているのである。女性、ブルーカラー、逸脱者、少数民族など、日本の中の〝ナンバー・ツー″またはそれ以下の集団は、ほとんど視野にはいっていない。」
P184「私たちの主張は、同質同調論の理論的内容がすべてまちがっている、という点にあるのではない。私たちのいいたいことは、同質同調論がキチンとした方法論をもとに展開されていないために、その理論的内容が妥当性をもっているかどうかは未決の問題だということである。」

P211「しかしこういうことも考えられるのではあるまいか。日本人は非常に個人主義的で、自己利益が何であり、それを実現するのにどういう方法が有効か計算をしている。また、日本人の人間関係は、形式や書式の整備を根幹としていて、契約主義的である。さらに、日本の社会組織の成り立ちは、管理系統の明確なコントロール主義の傾向が強い。こういう現実があるからこそ、それを中和し隠蔽する機能を果す非現実的虚構が必要となる。その虚構は現実とは逆の特色、つまり集団主義、腹芸主義、コンセンサス主義などを唱和することによって、人びとを暗示にかける機能を負わされる。この種のフィクションの一葉式として、同質同調論的な日本人論があらわれた。」
※社会問題の議論をする場合、このさじ加減が崩壊していることが多い。
P251「学生運動の活動家も、ランダムに発生するのではない。一九六〇年代の大学闘争のころ書かれた鶴見和子の報告によると、いわゆる活動家や学生運動に関心のある学生は、親の仕送りの他に何らかのアルバイトをしている場合が半数近いのだが、無関心層の八割以上は親の仕送りだけを頼りに暮している。経済的な資源の背景が、政治的行動の確率を決める例である。」
※これも因果はどう読むべきか難しいが…

土居健郎「「甘え」の構造」第三版(1971=1991)

 今回、当初予定していなかった土居のレビューを行うことにした。杉本・マオア(1982)のレビューがなかなかまとまらないのもそうだが、日本人論の代表書の一冊と言われる本書を読んでみて、そもそも本書を日本人論の著書と位置付けるのが適切なのかどうかという疑問や、本書もまた社会問題に焦点をあてており、その捉え方も考察の必要性があるのではないか、と感じたため、それを整理してみることにした。

○「日本人論」とは何なのか?
 以前「『親方日の丸』の研究」の記事で、杉本・マオアの著書が「日本人論は欧米という『他者』を想定している」という前提を持っている点(※1)に疑問を付し、他者を想定せずとも自己言及的な議論が展開される可能性について指摘した。「親方日の丸」言説は民間という『他者』を想定しているようでいたが、それが批判ありきになり、その体制を改善することを前提にするため、自己言及的な言説も実際に散見されたのであった。 

 結論から言えば、杉本・マオアのような態度の取り方は理論的には正しいように思う。ただ、少し表現が正しくない。一つ例を挙げてみる。「日本人はこれまで欧米に追随的であり、個性を育てることを怠ってきた。グローバルな競争に打ち勝つには、今後はそのような個性を育てなければならない」というここ2、30年来あたりまえのように見かけるこの言説は、日本人論と位置付けられるものなのか?

 私個人の主観もあるように思うが、私はこれを「日本人論的」と思わなかった。少なくとも永らくそういう風に受容せずにこの言説を受け取ってきたと思う。確かにこの言説は日本人論で語られる「欧米との比較」を想定しながら、日本人の性質を語っている。しかし、他方で違和感を感じるのは、これを日本人論と呼ぶには、合わせてしばしば日本人論として語られる「性質の変わらなさ」、つまり文化的な影響などによってその日本人の性質は簡単に変えられないという特徴と噛み合わないのである。ここでは、「簡単に性質が変わるようなものというのは、日本人論として語る意義がない」という前提の上に感じる違和感を見出せるのである。要約すれば、「日本の特徴を見出すことより、その改善のための要求ありきの議論をしているような議論というのは、日本人論的と呼ぶのはふさわしくない」ということになる。
 そして、このような「改善要求を行う日本人論」というのは、突き詰めて考えると具体的な「他者」がいなくても議論可能なのである。問題の焦点は対外的な比較云々というよりも、現在の日本の性質のどこかが悪いということにあるのである。だからこそ、具体的な欧米という他者がなくても、理想像を提示し、それに近づけるようにしなければならない、という自己言及的な改善要求を行うことは問題がない(※2)。河合隼雄の議論などは、欧米の議論との対比を一見行っているようでいて、実際には実態が伴っておらず、実際はこの自己言及的な改善要求と行っていることが同じになっているといえる。
 
 つまり、理論的な意味で自己言及的な(「他者」を想定しない)議論に終始するような言説はそれ自体「改善要求」を基本的に含んでおり、欧米(他者)との比較を試みることを主眼においた日本人論と位置付けることには違和感がある。しかし、実態としての日本人論の展開においては、実質的に自己言及的な改善要求と同じことを行っているために、他者との比較という観点は疑似的なものにしかなっていないというのも事実ではなかろうかと思う。
 
 まとめると、日本人論として位置付けられる特徴として挙げられるものは、次のようなものであるといえるだろう。
1.日本(日本人)の特徴を捉え、その要因について検討すること(その特徴は簡単に変化しないことを前提にする)
2.他国(外国人)の特徴、その要因を捉えることで、日本人との違いについて指摘すること
3.改善要求を行っているもの(1の特徴と対峙することがある)


○「「甘え」の構造」は日本人論なのか?―土居の個人主義批判について
 以上を踏まえた上で、日本人論として「「甘え」の構造」を読んでみようとすると、極めて曖昧な議論を行っているという印象を受ける。要点だけ先に述べれば、

1.日本人論と呼ぶには海外の状況も同一視してしまっており、相対的な説明があるにせよ実質的には日本人の特徴を明確にするものとは言えないこと
2.改善要求を行っているものの、具体的に何を改善すればよいのか明言することなく、土居自身が改善を行うのか、行わないのかでダブル・バインドに陥っていること


 まず、1についてである。本書は確かに日本人の「甘え」の議論を、特に言語学的アプローチから性質を押さえたものであるとまず言うことができる。しかし、欧米についてどう考えているのか、という問いを立てた場合に、土居は「甘え」がないという言い方は全くしない。まずもって「西洋人の感謝の表現は一般にさっぱりしていて、後腐れがない。彼らは「サンキュー」といえばそれで「済む」ので、日本人のようにいつまでも「済まない」感情が残るわけではないからである。」と述べる(p101)。ここでは「恐縮」する態度があまりないという意味で述べられている。そして「恐縮」するというのは、「西洋人は恥の感覚を消そうとして、感謝をあまり感じないように、したがって受身的愛を感じないように永年努めてきたのではなかろうか。」(p96)という形で「恥」と結びついているものであり(当然ベネディクトを連想している)、「相手にすまないと感じる場合は相手に対する甘えが温存されている」(p130)という形で「甘え」とも結びつける。これだけ読めば日本と西洋の違いははっきりしているように思う。

 しかし、よく読めば西洋が「甘え」に依存しない態度たらしめている「特別の精神的遺産」(p101)と土居が述べる「キリスト教」の精神について、自ら「場違い」(p101)だとか「専門外のことに言及して少し恐縮」(p106)するにもかかわらず、その精神を全否定してみせようとする態度を無視することはできないだろう。一言で述べれば、土居はこのキリスト教個人主義というのは、マルクスニーチェフロイトの主張によりすでに西洋で否定された思想である、と主張しているのである。 
 つまり、「個人の自由独立と見えるものは幻想に他ならない」(p103)のであり、「資本主義社会機構が必然的に人間を疎外することを説いたマルクスの鋭い分析も、キリスト教が奴隷道徳であると宣言したニーチェも、また無意識による精神生活の支配を説いたフロイドの精神分析も、すべてこの点(※自由が空虚なスローガンに過ぎなかったのではないかという反省)について西洋人の眼を覚まさせるものであった」と断じているのである(p107)。そして甘えとの関連で言えば、「近代の西洋人が甘えを否定しあるいは迂回してみたところで、それだけで甘えが乗り越えられるものではなく、ましていわんや死の誘惑が克服されたわけでもなかった」のであり(p108)、「彼ら(※西洋人)もまた甘えによって侵されていた証拠」であると述べ(p108)、しまいには「西洋人の自由(※本書では基本的にキリスト教個人主義と同義で述べている)についての観念も究極のところ日本人のそれとあまり変わらないものとなる」と日本との同一視を試みるのである(p107)。専門外であるというリスクを負ってまでわざわざこのような言及を行うのは、私には土居が「甘え」の普遍性を指摘したがっているようにしか見えず、それを日本の特徴と位置付ける見方が適切とは思えないのである。

 しかしながら、当然門外漢である土居の言い分が妥当なのかは議論せねばならない所だろう。その上で2.の論点もポイントになってくる。土居のこれらの主張においては、『西洋的な個人主義の思想をもってしても「甘え」を克服できなかった』という大きな主張が含まれている。まず確認しなければならないのは、「われわれはむしろこれから甘えを超克することにこそその目標をおかねばならぬのではなかろうか」(p93)というように甘えを克服せねばならない、という態度を土居ははっきりと述べている点である。いわば改善要求である。そして日本には「甘え」が実態として残存しているという主張を、土居自身の経験や精神分析周辺の見解、言語学的な「事実」や過去の日本人論の中から何重にも主張している所である。そして極めて厄介と感じるのは、この「甘え」の議論を戦争と結びつけている点である。これは結局日本の戦争放棄(「イデオロギーとしての天皇制の崩壊」)と同じように、実態としての「甘え」も克服しなければならない、という主張の強力な支えとなっている。


「これは要するに、日本人は甘えを理想化し、甘えの支配する世界を以て真に人間的な世界と考えたのであり、それを制度化したものこそ天皇制であったということができる。したがってまた明治以降やかましくなった国体護持の論議は、単に支配階級の政治的便宜のためにだけ発明されたものではなく、以上のべたごとき日本人の世界観を、外からの圧力に抗して保全したいという意図によっても裏打ちされていたと見なければなるまい。」(p64)
「現代はイデオロギーとしての天皇制が崩壊した時代である。そこでいわば無統制の甘えが世間に氾濫し、至るところに小天皇が発生している。しかし制度的なものが全く消失したわけではなく、また昨今は日本が経済大国として復興して来たためもあって、復古調が云々されているようでもある。」(p65)


 そもそも土居の関心が改善要求を行うために日本人論を展開していたものなのか、と問うた場合、本書を読むだけでは全く見えてこない。第一章の「「甘え」の着想」(p1-22)は、土居自身の「甘え」論に対する関心の推移を比較的丁寧に説明しているのであるが、これを読んでもやはりよくわからないのである。第一章を読む限り、一番最初の動機はむしろ素朴な土居の渡米時の「文化的な衝撃」(p1)を端に発し、西洋人との違いを見出すために「日本人論」を検討するために「甘え」が検討されるようになったのは明確であった。それはあくまで西洋人の態度の違いについて考察するためのもの以上のものではなかった。しかし、その関心が精神分析の業界に留まらず、大学闘争を主題に「現代の社会的問題をも同じ眼で見るようになってきた」(p19)段階ではすでに状況が変わり、この若者の問題の中に潜む「甘え」の問題を解決すべき問題として位置付けているのである。

 また合わせて、何をもってこの「甘え」の問題が解決されるのか、という改善要求の「到達点」についてもまるでわからない。これはそのまま土居が「キリスト教個人主義」に対してそれが無意味なものであると否定する態度の中にもはっきり含まれている。先述のように本書を読む限り、土居がキリスト教個人主義を否定する根拠は「個人の自由独立と見えるものは幻想に他ならない」という一文に集約され、そのような思想が「幻想だから」という一点に尽きるのである。しかし、「幻想であるから否定されるべきもの」だと言ってしまってよいものなのだろうか?すでに阿部謹也のレビューにおいてこのキリスト教的な個人主義について説明をした訳だが、その論理を援用すれば、この「幻想性」はあまりにもあたりまえである。何故なら、個人主義自体が「『神』との対峙を行うことによって『世間』から解放される過程」であるからであり、それ自体を(しばしば誤解されるように)完了するものとして捉えること自体が誤りであることもすでに指摘した通りである。神が実在しないのと同じように個人主義は実在しないと表明するのは極めて容易である。

 しかし、本当に個人主義の論点をそこに集約してしまってよいのだろうか?ここには「世間からの解放のプロセス」という側面に対する評価を全く無視しているのである。そして、これに関連して西洋人も「幻想であることを自覚することで個人主義を否定するようになった」旨の解釈を行ってきたと断定するのはあまりにも早計ではなかろうか(その「自覚」に至っているのかどうかもそもそも怪しい)。少なくとも、私自身は土居のこの断定について全くの誤りであると考える。ここに土居の改善要求の到達点に対する不当な思考を見ることができるのではなかろうか、と思うのである。
 つまり、土居が西洋個人主義についてこのように批判するのは、まさしく「甘え」に対する問題意識にとっては、「西洋個人主義以外の解を得なければならない」という主張を前提にせねば成り立たないのではないか、ということである。そして、このような態度自体に「甘え」の問題を超克しなければならないという態度を強く感じるのである。

○「改善要求」を行う日本人論の到達点の曖昧さと「社会問題の普遍化」の関連について
 この改善の到達点の曖昧さというのは、正直な所、土居の論法そのものの問題であると考える。それが、ダブル・バインドの要求なのである。ダブル・バインドとは相矛盾する2つの要求を命令する態度を取ること、より正しくは、受け手側をそのように縛り付けざるを得ない命令を意味する。例えば、本書の最後で述べるこの主張も典型的なダブル・バインドの要求である。


「実際今日のように、大人も子供もなく、男も女もなく、教養があるもないもなく、東洋も西洋もなく、要するにすべての差別が棚上げされて、皆一様に子供のごとく甘えているのは、たしかに人類的な退行現象といわねばならぬが、しかし将来の新しい文化を創造するためには必要なステップであるのかもしれない。個人の場合、創造行為に一種の退行現象が先行するのはよく知られた事実だからである。もっともこれは人類に未来があると前提した上での話である。しかしこの点は本当のところ誰にもわからない。したがってこの人類的退行現象死に至る病か、それとも新たな健康への前奏曲かという点について予言できるものは誰もいないのであろう。そしてこの予言できないということにこそわれわれが今日直面している事態の深刻さがあると考えられるのである。」(p205-206)


 この議論においてはダブル・バインドに典型的な「断言しているのに断言していない(と言い張る)」態度がはっきり出ている(※3)。土居の見解によれば、現代社会は幼児化しているのははっきりしており、これはネガティブな効果のものである。他方で土居の見解によれば、幼児化は新しい文化の創造性を備えたものであることもはっきりしており、これはポジティブな効果のものである。ここでは「相対的にみてどちらが勝っているのか」について問うていると解釈するのは最も妥当だろう。
 しかし、この相対性の問題はすでに土居の中で決着が着いていないと、このような物言いにはならない。というのも、「予言できない」状況について憂いている状況こそ、土居の態度がネガティブな方に偏っていることを明確にしているからである。もし本当にポジティブな効果が勝っている場合はむしろ土居の言う幼児化は喜ぶべき状況であり、問題視する必要性はどこにもなくなるはずである。
 もっともこの2つの要素の優劣の問題というよりも、大きな問題が起きる「可能性」があるからこそ、甘えの問題が深刻であるという解釈を行う余地がある。しかし、本書を全般的に見た場合に、p93で明言もしているように「甘え」を超克すべきであるという態度ははっきりしているし、だからこそ、「価値の重み」で判断し、「可能性」の議論をしている訳ではないという風に読まないと辻褄が合わないようにしか見えない。

 土居のこの論法に加担しているものについて考えた場合、まず想起すべきは、新堀の議論などにも見いだせた「社会問題の普遍化」である。土居のアプローチする精神分析の分野自体がそのような状況に陥る危険性が高いものとして捉えることも可能だろう。第一章で語られた土居が考える関心の推移からも見てとれたように、明らかに病理としての問題を普遍化しようとする意図が明確に見て取れてしまう。


「ところでこのように「気がすまない」という日常語が、いわゆる正常人にも病的な気がすまない強迫神経症に悩む者にも共通して使えるという事実は、日本人に強迫的傾向が偏在的であることを暗示しているのではなかろうか。」(p130-131)
「日本でもくやしさの感情自体は決して快いものではなく、しばしば病的状態に直結することがわかっているが、それにも拘らず、この感情を大事にするのは、結局このもとになる甘えに対して、日本人が肯定的な態度を持しているためであろう。」(p152)


 くやしさの議論については一応相対的なものとして捉えている言明もされる(p149)。ただ、「被害者心理」について言明する際にも、これを「日本人の心理に巣喰っている極めて日常的なものと考えられる」とし(p156)、正常者の被害者意識と「精神医学でいう被害妄想」は区別しつつも(p157)、「根本的には甘えの心理の病的変容として理解することが可能である」とする(p157)。ここで一見差異化しているようであって、すでに「甘え」について改善要求の程度が全く不明になっていること、そして西洋人も同じように甘えの原理を適用してしまっていると指摘したのと同じように、この相対的差異を述べることもあまり意味のないものになってしまっているように思える。異常者と正常者を区別する者が何なのか、土居のいう「甘え」からは何も説明できないのだが、何故か第四章では「「甘え」の病理」としてこのような対比を頻繁に行っているのである。一体何のためなのだろうか?実際にこれらの精神病理と「甘え」に関連性があるというのなら、素朴に「日本人は被害妄想や強迫神経症にかかりやすい」という命題が成り立つように思える。しかし土居はそんなことは全く述べないのである。結局これは西洋にも同じように見られるのであって、だからこそ「甘え」の原理の支配について、西洋人の場合にもあてはめたがっているのではないのか、とさえ思える。やはりこのような無理のある議論の仕方には、「社会問題の普遍化」という意識が強いからこのような議論をするのではないか、と思ってしまうのである。

 このことに対し、土居自身は次のように第四章を総括している。


「この章では精神病理ないし異常心理というコトバで総称される諸現象について、精神病・神経症その他もろもろの専門語を用いずに、平易な日常語によってその特徴を描き出すことが試みられ、そうすることによって、異常心理と日常心理とのつながりが暗示されている。この場合、両者をつなぐものこそ「甘え」概念に他ならないが、ここでいう「甘え」は情緒として体験される「甘え」ではなく、もし事情が許せば、情緒としての「甘え」を結実するであろうごとき無意識の欲求をさしているのである。」(「注釈「甘え」の構造」p123)


 これは、最大限土居の言い分を支持する解釈をとれば、「甘え」の特徴を浮き彫りにするために、このような結びつけを行っていると読む余地がある。つまり、土居は「社会問題の普遍化」を試みたというよりも、「甘えの普遍化」を試みてしまったことによっておかしな前提が出来上がってしまったのでないのかということである。おそらく土居の見方からすればその方が正しいのだろう。「現代社会の諸問題が「甘え」の問題に収斂する」(「注釈「甘え」の構造」(1993)p181)という表現は端的な「甘えの普遍化」の説明といえるだろう。しかし、これはこれまで私が述べてきた「社会問題の普遍化」とやっていることが全く変わらないのである。


○土居のいう「父性」について
 また、土居が甘えの問題解決を試みようとし、解決策らしく述べているようにも見える点として「父性」の要求も挙げられるだろう。土居は「現代社会の特徴は父がいないということであるということができるかもしれない」(p187)という。そしてここで言う「父」とはパーソンズのレビューで考察したような「シンボルとしての父」という意味ではなく、「このことは家庭のレベルでいえば、父親の影が薄いことに、したがってほとんど父親不在といってよい状態が今日ふつうになっている」(p187)というようにはっきりと実際の父親のことを指し議論している。父親の不在の議論のついて土居は「社会的な価値観を通常代表する父親も、家庭の中にあってはあまり対立することがないようである」(p186)、「彼らは両親から保護と愛情は受けていても、大人になることについてはなんら指導を受けていない。」(p177)と述べ、それは「今日の世代間の問題はもともとは古い世代の自信欠乏に発していると考えられる節がある」(p178)と述べる。このあたりはすでに石原慎太郎の「スパルタ教育」と同じような、価値が相対立しぶつかりあうことで初めて新しい価値を高めることができる、という見方と同じである(もっとも石原の場合は、父親自身による暴力行使は社会の普遍的価値観の表出する場合に限り、価値観の対峙の際の暴力行使とは形としては区別していたが)。古い価値観と新しい価値観による止揚を求める態度を土居の場合は明らかにとっている(cf.p186-187)。父性とはそのような「踏み台」として必要なものとして語られているように思える。そして、それが欠落している状態は「甘え」を助長しているものと解釈しているのである。
 しかし、問題なのはその表出すべき「古い価値観」そのものについて土居自身が何も示さないことそのものにあるのではないかとさえ私には思えてしまう。問題が本当に古い価値観の表出をする/しないにあると言うべきなのだろうか?大前提として何故「新しい価値観と対立する古い価値観の表明を大人一般が行わなければならない」のだろうか?その担い手は土居自身では駄目なのだろうか?ここで私が重要だと思うのは、土居自身が表明できない価値表明を他人に行わせることについての正当性である。この点、石原慎太郎の態度は評価に値するはずである。彼は「スパルタ教育」の著書の中で確かに(社会一般の価値観を代弁したつもりでいたのかもしれないが)自身の価値観を明確に示していた。何故土居はこの価値観そのものに問いを立てず、その手前の問題を語るだけで満足してしまっているのだろうか。父性の欠落が問題と言うのであれば、その父性について、当時の日本の状況に合わせて説明すべきなのではないのか。むしろそれが説明できない状況こそが問題なのではないのだろうか?
 これは価値の多様性こそが重要であると考えられている状況においては当たり前のように想定されるだろう。そのような状況において、古い価値観を表明しない大人の方こそむしろ「あたりまえ」であるように思う。それでも何故土居は古い価値観の表明に固執するのか。ここでもまた「社会問題の普遍化」への意識が先行している結果取られている態度にどうしても思えてしまうのである。
 実際、次のような議論を読むと、そのような態度がありえるのではないか、という疑念は当然であるように思える。


「すでにフェダーンも前記の書物において、現代において父と子のモチーフは著しい敗退を余儀なくされているが、しかしこれは人間性に深く根ざしたものであるが故に、全く父なき社会が現出することはあり得ないであろう、とのべているそうである。このことはまた最近の青年の反抗によってもある程度裏書されていると見ることができよう。なぜならそれは、先にのべたごとく、父親が弱いことに対する憤りであり、強い父親を待望する叫びであると解することができるからである。実際、中国の毛沢東が今日全世界の青年に或る種の魅力を保持しているのはこの心理の反映であるのかもしれない。」(p191-192)
「もっとも偉大な父というのは虚像で、中身は誰彼と変わりない弱い人間だと醒めた現代人ならばいうであろう。今日レーニンなり毛沢東なりが不死の存在に奉りあげられているとしても、それが根本において虚像であることに変りはない。この虚像が今日最も熱心に信じられている共産社会においてさえ、いつかはそれが崩れる日が来るにちがいない。しかしなぜ人類はかくも執拗に偉大な父を求めるのであろうか。この点について、フロイドの父親殺害説は非常に暗示的である。なぜならそれは父親を探し求める努力が父親殺害の記憶を払拭しようとする意図に発していることを暗示しているからである。すべての革命はこの人類的な主題の復習であると考えられる。所詮人類はこの主題から逃れることができない。」(p192-193)


 この引用において「青年の反抗」を部分的な青年の反抗と読めば、それほど違和感はないし、実際の学生運動の性質について考えても、そのような解釈の方が妥当ではないかと思う。しかし、土居においては、社会問題が普遍化しているため、矢継ぎ早に父の問題が普遍的な渇望としてあるものとみなされるのである。そして、何故かそれは解決不能な、「逃れることができない」問題に勝手に仕立て上げられているのである。ここでは明確に一般大衆が「父」を求めていないにも関わらず、「父を渇望している」という解釈を、「社会問題の普遍化」によって表現していることがわかる。また、この普遍性の説明を行うことによって、「何故『父性』が必要なのか」という問いを立てることも放棄しているのである。

 ここでも本書の最後の部分と同様、相対的な議論の取扱いを曲解していることが問題となっているといえるだろう。まず大前提として、「父性」の問題は必ず向き合わなければならないものとみなされている。これはジジェクのレビュー(「厄介なる主体」、より詳しい考察は「フロイト全集 第19巻」を参照)などでもみてきた「我々は主体的に動かなければならない」という無条件の要求と同じである。ジジェクの議論を介して私が認めたのは、この無条件要求は政治的主体として、文字通り自らを防衛するために「必要なもの」と見る限りにおいて認められるのであって、普遍的な要求とみなすこと自体は問題があるのではないのか、ということはこれまでも議論してきた点である。少なくとも、ジジェクが部分的にでも説明したように、ここには「何故主体的であり続けなければならないか」という問いへの応答が必要なのである。
 しかし、土居はフロイトの言葉を借りながらこれが必然的なものであるかのように述べているのである。


「たとえばフロイドが神経症の根元をなすと考えたエディプス複合は、見方を変えれば一種の世代間葛藤ということができる。この葛藤が発展的に解消されて、幼児が両親と精神的に同一化できた時は、彼らに正常な大人となる道が開かれたことになるが、これは勿論両親および彼らの代表する社会が健全であると仮定した場合のことである。ところで一見幼児が両親と同一化して正常の大人に成長したと見える場合も、そのかげに幼時の葛藤が生き続けると、それが神経症のもとになるといわれる。」(p175-176)


 この主張において、まず「正常な状態」について存在する状況について定義した上で、それと対比して「神経症」に至る状況について説明を加えている点である。
 そして、学生運動の議論を介して主張される社会問題について、土居はやはりそれが「幼児化」したものとして明確に位置づけている。このような態度はやはり常に「改善」を求める態度であるように思えてしまう。父性を持ち出し、しかも「無理やり」にでも父であることを強要する土居にとって、本来幼児性を持ち続けることは許されないはずだからである。
 
 
 そして、もう一点、土居がこの議論で「社会問題の普遍化」を行ってしまう理由が見受けられる。私の解釈では、価値観が多様であることに自覚的であるからこそ、ここで言う「父性」は行使困難なもの、もしくは不要なものとみなされるものと考えていたが、土居の場合、そのような態度自体が「疎外」されたものであると位置付けているのである。

「父親たちも内心では疎外感に悩み、現代文明の危機を肌で感じている。したがって子供を教育するどころではないのであろうが、しかしその彼らも社会の中ではその属する体制なり組織を防衛する立場におかれている。」(p186)


 私は「父性の欠落」という現象を価値の多様化の議論として、これをポジティブな感情として捉えたが、土居の場合、これがあくまでネガティブなものであり、結局現代文明の脅威への応答としてしか映らないのである。何故なら、現代文明は土居の望む「甘え」の結果獲得すべき「同一化」のプロセスを経ることができない(もしくは、極めて困難)からである。


「すなわち、現代文明の巨大かつ複雑な機構に接した場合、新しい世代は、未開人と同じく、ほとんど畏怖に近い感情を抱くのではなかろうか。殊に文明による環境破壊があらわになった今日ではなおさらのことである。彼らは現代文明を、自らも共有するはずの理性を造り出した産物として、それと同一化することができない。大体、現代文明の担い手たちは、その発達原理である理性の働きを自明のことと考え勝ち(※ママ)であるが、しかし実はそれ自体必ずしも自明のことではなかったのである。」(p183-184)


 このような認識こそ、「社会問題の普遍化」に寄与していると明言できる。このような脅威は「文明」の産物であるがゆえ、全ての者に降りかかる。そして、そのことによって社会問題が発生しているのであるから、それは部分的な人間の問題ではありえないのである。土居はこのような前提を平気で自明のものとしているからこそ、全てを同じように説明してしまうのである。これは日本人と西洋人の同一視にまで飛躍してしまっているのが、本書の特徴ではなかろうか。


○土居の議論におけるダブル・バインド要求について―まとめにかえて
 以上、これまでの議論において、本書にかけられているダブル・バインドについてまとめると、

「甘え」と日本人論との関連で言えば、
A 甘えは普遍的である
B 甘えは日本的である

「甘えの問題」に対する価値観については、
A 甘えは克服されなければならない問題を持つ
B 甘えは創造性の源であるから望ましいものである

「甘えの問題」に解があるかどうかについては、
A 甘えの問題は解決不能である
B 甘えの問題に取り組まなければならない

 といった形で二重に要求を与えていることがわかる。基本的にはAの価値に土居はコミットしているにも関わらず、Bの議論をタテマエとして並列し議論しているものとしてまとめることができるだろう。そして、本書を読む限り、土居自身もAとBではAに価値を与えているにも関わらず、Bが並列しているものとして受け入れている。このために随処で奇妙な主張を行うことになるのである。

 実際土居は、社会問題を捉えた第5章の要約を次のようにまとめている。


「ここでは現代社会の諸問題が「甘え」の問題に収斂することが指摘される。もっとも著者はなんでもかでも「甘え」で説明して得々としているのではない。また単に現代は甘えが充満しているといって嘆いているのでもない。現代はむしろ情緒として「甘え」を体験する機会は少なくなっており、その意味では甘えの欠如を云々することさえ可能かもしれない。しかしこのような事態は、甘えたい人間ばかりがふえて、甘えを受けとめる人間が極度にへってきたことが原因しているのであって、その点に読者の注意を促すことにこそ本章の主張が存したということができる。」(「注釈「甘え」の構造」(1993)p181)

 仮にこのような形で要約を行うことができる読者がいるのであれば、ぜひとも再度最後の2ページを読んでもらいたいものである。まず、「読者の注意を促す」行為があの扇動的なダブル・バインドの要求なのであれば、本書は極めて悪質な論述と言う他ない。しかも、一体何の注意を促しているのかわからないし、土居自身も明らかにわかっていないのであるから、その注意の対象が存在するとは考えづらい。むしろ、その不在が不在であることに無自覚であること、もしく不在であることの意味の検討にどこまでも無頓着であるからこそ、ここまで平気でダブル・バインドを使ってくるのではないのか。
 そして、「甘え」を体験する機会の減少とは一体どこで議論していたのか?土居は逆に世代の違う者同士が「甘え甘やかす関係」(p176)に溢れかえっていると述べていたではないか。これに関連して土居が述べていたのはあくまでも母子関係などに見られるような適切な「一体化」の欠如の議論だろう。それとも、「甘え」は甘えることによって「一体化」を実現し、克服されるものだと土居は本当に考えているのだろうか?この一体化はそのような次元に存在しない文明の問題として、疎外論的に困難なものとなっていることは、土居が述べていた点ではないのか?

 また、もう一点検討しなければならないのは、ここでいう「甘えを受けとめる人間」とは一体何者なのか、という点である。これは、本書でいう「父性」の議論を述べているのだろうか?しかし、父性を示すものとしての「古い世代の価値観の提示」が「甘えを受けとめる」ことと同義なのかはかなり疑問である。
 第五章では問いばかりを立てたまま、その解決策の筋道をほとんど示していないが、確かにこの「甘え」の問題を「父性」の問題として読めば、「世代間の問題はもともとは古い世代の自信欠乏に発している節がある。」とし(p187)、「父不在という精神的状況を超克するためには、父殺害の罪を認めて、それを以て新しい道徳の基礎とする他はないと考えられるのである。」と述べる(p193)ことから、「大人」の態度の問題であるとしているのは確かである。しかし他方で土居は古い世代もまた疎外という形で戸惑っていることを明確に述べている。そんな状況において「父殺害の罪を認め」ることなどできるのだろうか?土居が述べるとことを言いかえれば、古い世代は「父」がどこにいるのかさえよくわかっていないという状況であるし、当然のごとく「殺した」のかさえわからないまま、その価値観を守護する立場にあるものとみなされているのである。そのような状況にある人間に父殺害の罪を認めさせるという言葉自体が無意味である(罪を認める行為そのものが価値を表現していない以上、今までもわかっていない「価値」が突然現れることには決してならない)し、ここで「超克」などという都合のいい言葉を使っている点からも、何か問題を解決しようとする態度とはとても思えない。唯一ありえるのは「無価値であることを認める」ことだろうが、本書の論述から言えば、そのような価値は価値として認めていない以上、そのような解が想定されていると考えることもできない。
 土居はこの無価値から価値への飛躍について自覚することができていない。いや、正しくはある意味で土居自身が「古い価値」とは何かについて言及することができていない時点で、すでに認知はしているのではないかと思うのである。しかし、自らの「論法」そのもののおかしさに気付くことができていないから、このような議論を平気で行うことができるのではないのではないか、と思うのである。


 これは当然土居自身だけの問題ではないように思う。土居自身これまでの日本人論等にどっぷりとつかりつつ、自らの甘え論を展開しているのは明白であり、同じように、社会問題に対する語りも同じように「過去の議論をそのまま」使用しているといってもよいのだろう。日本人論、そして社会問題に対する改善を語るときの論法として、このような具体的な改善を要求しない、その意味で意味のない議論を展開するするようなものが存在しているのでないのか、と思うのである。
 ただ、土居の場合、その論法を集約し、一つの「論法」を典型的なものにまで位置付けたという可能性があるのではないかとも思うのである。これは、少なくとも「父性原理」と「母性原理」を用いて日本人の改善要求を行っているにも関わらず、やはり具体的な議論が不明であった河合隼雄には同じように引き継がれている点であると言ってよい。今後、このような論法の系譜がどのように展開されていったか、といった観点にも目を向けていく必要があるのではないか、と感じた。



※1 「例えば、「日本的」という概念の中身は何だろう。あえて日本的という以上、他のどの社会にもない属性か、せめて日本において最も著しい傾向でなければ、その資格はない。ところが、目下流行の日本人論は、日本については詳しいのだが、比較の対象になっている外国社会については、情報も認識も薄っぺらだ、というのが実状である。」(杉本良夫/ロス・マオア「日本人は「日本的」か」1982,p134)

※2 実際の議論では、すでに欧米等の他者が実証性を欠いた理想像として描かれているため、議論の構造は多くの場合「理想像の議論をしているのだが、具体的な欧米にそれを反映させている」ものとなっているといえるだろう。

※3 更に厄介なのは、この文言の読み方によっては(「この点は本当のところ誰にもわからない」という部分が文字通りの意味であるならば)「問いの解がないにも関わらず、問いに答えろ」というダブル・バインドを課しているとも言えるのである。ここには単純に「何故問いに答えなければならないのか」という問いに答えずに一方的に命令を加える態度が見てとれる。

ポール・グッドマン、片岡徳雄監訳「不就学のすすめ」(1964=1979)

 本書は「脱学校論」のはしりとも言われている著書であり、すでに議論している「アメリカの個人主義」について安直な議論を行う論に対する反論として、今回取り上げた。

 河合隼雄は、日本の教育において「権威」というものが人を拘束するものとなっており、アメリカにおけるauthorityとは異なるものとして考えられているという。アメリカにおいてはそれが個性を尊重するものであるかのように捉えている反面、日本ではそれが理解されていないこともあり、押しつけになるのだという(cf.河合隼雄「臨床心理学入門」1995,p80-81、「河合隼雄著作集7 子どもと教育」1995,p309-310)。更に千石保に至っては、はっきりとフランスやアメリカには、個人主義に内包された規範意識があると述べている(千石保「「普通の子」が壊れてゆく」2000,p72-73)。

 両者のレビューですでに述べたように、このような主張はアメリカの脱学校論の文脈を無視した言説である。本書においてアメリカの教育は個性を無視した画一的な人間を作ろうとしているとして何度も批判を行っている(cf.p77,p92,p164)。特に注目すべきは、それが義務教育だけに限らず、大学においてさえも同じだとしている点である。P173-174の成績点原則廃止の提案も、(学校教育の中でも相対的に自由であるはずの)大学における議論であり、「そこで教師は、成績点で彼らをあおったり、脅したりする」のである。河合隼雄が日本の教育を批判しているのと一体何が違うというのだろう。日本人論を展開するのであれば、このような議論に対しても取り上げつつ、相違点について明確にすべき所であろう。そのような議論のない論というのは、肯定する価値が乏しい。

○グッドマンの学校の歴史認識は正しいのか?
 但し、河合や千石の議論と同様、本書の議論(「アメリカの学校教育は抑圧的である」という議論)についてもどこまで信用してよいのか、という疑問は付されてよいと思う。というのも「過去の学校教育」及び「学校教育ではない分野」に対して過度の評価をしているという傾向が強いからである。

 前者についてはすでに新堀通也のレビューで見たとおりの話である。特に本書も「社会問題」の影響を強く受けつつ、教育を批判するスタンスをとっているため、(たとえ著者が多くの学校を観察していると言っても)検証作業自体が軽視されている気がしてならない。特に過去の教育の実態について参照しているのはp27-28で示された小説のみであり、それ以外の部分は学校教育設立初期の「理念(実態ではない)」との比較によって、当時の学校批判を行っている傾向が強いのである。
 グッドマンの言い分は見方によってはp27-28のように、「過去の社会では『語られなかった』が今の社会では『語られている』 」ということを根拠に、現状の問題を指摘しているように思えてしまう。これはかなりアンフェアな議論であるように思える。そもそもそのような「社会問題」について議論するだけのジャーナルの世界も当時と過去では量が違うようにも思うし、仮に過去の教育が問題があったとしても、「ごく一部人間を対象にした問題であるから」という理由で「社会問題」とみなされていない可能性もある。過去の教育の実態に対する言及が極めてわずかなことからも、この点に関する検証を行おうとしていたとはとても思えないのである。

○学校教育不要論についてどう考えるか?
 また、後者の評価についても、現状の学校教育の過小評価の上に成り立っている可能性を否定し難いように思う。グッドマンは「読む必要のない社会」の方が楽だと断じている(p33)。また、p44も実質的に義務教育の不要の主張であり、学校制度がなくても「うまくやっていける」というのが、グッドマンの主張である。

 この議論は二つの方向性で考える必要がある。一つは「読む必要がなくても仕事をしていくことができる」という主張と、もう一つは「学校で行うのは仕事につくためだけの教育だけではない」という点である。

 前者の議論は、結局p123のような主張がどこまで正しいのかという議論に行き着くだろう。簡易な職場訓練で成り立つのであれば、確かに学校教育はいらないだろう。ただ、この論点は非常に厄介であり、今の私では検討ができない。今後の課題である。ただ一つ言えるのは、それでは何故企業というのは、高学歴の人間に限定して採用したがるのか、という点である。これは別に国や学校から企業が圧力を受けて判断している訳ではなく、企業自身の判断で行っているはずなのである。この事実はやはり高学歴の方が何らかの点で即戦力になるという判断があるからと考えるべきではないのか?ところがグッドマンはこのことについて恐らく「迷信」として片づけてしまっている節がある(cf.p188)。このようなことが「思い込み」によって普遍的に解釈されていると結論付けてよいのだろうか?これもまた実態の検討なしに「思い込み」で片づけているのはあまりにも安易であるように思えてしまうのである。

 また、常識的なレベルで「我々が物事について思考する際に、文字を用いながら考えた場合(=文字に記録しながら思考する場合)と、それを用いずに思考した場合(脳内だけで考える場合)のどちらがより深い思考を行えるか」を考えた場合、どう考えても文字を用いながら行った方が議論を深めることができるだろう。これは、文字自体が思考の記憶をする一助になることからも、その整理のための一助となることからも、明らかであるように思える。
 もちろん、これには例外がある。絵画や音楽といった芸術の分野や、文字通り「為すことによって学ぶ」工芸品などの職人の世界というのは、上記のような思考を深める必要性はないと考えられているといってよい。これらの分野は別の方法においてその能力を深めるためのプロセスを持っているといえるため、この限りにおいてはグッドマンの言い分も正しい。しかし、この分野というのはあくまで限定的であることが想定されるのであり、グッドマンの言い分も限定的なものであると述べるべきではないだろうか(※1)。


 一方、後者の議論ついては、まず、既に学校教育批判として「学校は職業教育やその能力を育成するような偏った教育だけでなく、全人的教育(もしくは、人格の完成を目指すための教育)を行うための場である」とする立場もあり、特に「民主主義的教育」の必要性を唱える立場から、子どもにとって学校が「必要」である理由として主張される議論と対立するだろう。
 これは一方で全生研のような集団主義的教育からアプローチする場合もあるだろうし、私のようにより素朴に(仕事以外に)社会に生きるために必用リテラシー教育が必要であると考える立場もあるだろう。

 また、共通言語を読む作業はグッドマンに言わせれば劣等感・非行を生む要因となり(p33)かつ読みの能力は「情報を仕入れる手段」であるがゆえに支配の道具になる(cf.p34)という陰謀論じみたものにもなるようだが、逆にこのような共通言語が不在となる場合に、「問題解決を暴力(もしくは恣意的な力関係による解決)でしか行うことができなくなる」という見方はできないのだろうか。この点についても実証できる材料を持ち合わせていないが、少し気になる内容を宮本常一の話から見出すことができた。引用内容は戦前の生まれで学校に通っていなかったことから識字ができなった農村部の人の話である。

「三人とも字を知らなかった。文字のない世界には共通したこのような間のぬけたようなものがあった。左近翁も若い時はこうした噂の中にだけ生きてきた。そしてそういう中にあっては人を疑っては生きて行けぬものであった。疑うときりのないものであった。だから一度だまされると今度は何もかも信用できなくなるという。文字のない世界はそれだけにまた人間の間のぬけたような気らくさと正直さがあったが、見知らぬ世間の人はできるだけ信用しないようにした。」(宮本常一宮本常一著作集 第10巻 忘れられた日本人」1971, P191)

 ここでは「非識字の世界に生きると『信頼』のあり方が変化する」ということが示されている。このような主体に対する理解をどう考えればいいのかは判断しかねるが、少なくとも信頼関係を結べない、対立関係が生まれた場合の対応は基本的に相互の断絶であり、ひどい場合は闘争しか生まない状況になるのではないか、という推測可能である(もちろん、これは仮説の域を出ない議論である)。グッドマンの議論は、このような点から言っても、学校批判に対し過剰であり、「学校がないこと」に対して楽観的な見方をしすぎているのではないのか、という印象を受けざるをえなかった。

※Ⅰ 但し、ここでの私の批判は、「そもそも能力を深めるような場面自体が必要でない」かのように語るグッドマンの側面は拾い切れていない。特に海外の対抗文化に関する著書を読むと、このような能力観をそもそも認めないような議論に出くわすこともある。この点については現状コメントできないが、これについても考えねばならない論点だろう。


<読書ノート>
p6「こうして、学歴の拡張と就学人口の拡大によって、学校は、一般訓練機関や子守り役や固め屋になるだけで、学校が、とうぜんもっていた美しい学問的機能や共同社会的機能を失いつつある。」
p22「にもかかわらず、私は疑う。現在のものであろうと、現在の教育行政のもとで望みうるどんな改革であろうと、そもそも学校へ行くことが大多数の若者のその時期最高の過ごし方であるか、と。」
p23-24「たとえば、一九〇〇年には、一七歳年齢人口の六%が中等教育を受け、〇・五%が大学に進学したのに対し、一九六三年では、六五%が中等教育を受け、三五%が大学とよばれる機関へ進学している。同じように、農場生活や細々とした職の多い都市生活に挿入される束の間の学校教育と、子どもにとって唯一の「真剣な」職でもありしばしばおとなへの唯一の接触ともなるふつうの学校教育、との間にはかなりの相違がある。こうして、おそらく今や流行遅れになった制度が、子どもの成長上許されるほとんど唯一の途となった。そしてこうした先取りとともに、一つの狭い経験をますます強化する傾向が生まれている。」
p25-26「ジェファーソンやマディソンらが義務教育を構想した時には、そうした(※国家の要請と個人の発達の)両立不可能性は考えられもしなかっただろう。彼らは啓蒙主義の風潮に浴しており組合協会(町民会)的な思想に強く影響され、しかも当然のことながら革命の担い手でもあった。彼らにとって「市民」とは、社会をつくり上げる人であって、社会に「参加」したり「適応」したりする人ではなかった。明らかに、彼らは自分自身や友人を市民としていわば肌で感じていた。社会をつくるということは、彼らの生活の息吹きであった。しかしいうまでもなく、そのような考えは今日の政治的現実からはるかに遠く、それに正面切って対立する世界である。われわれの場合には、基本的なルールやしばしば得点までもあらかじめ決められている。」
※これは理念でしかないのでは?これをもって「かつての学校はよかった」(p25)といっている節がある。

☆P27-28「すなわち、小学校では読み書きと算術が求められ、大学では経済拡張に寄与する専門技術技能が求められた。しかしここでも、「個人の発達」と「国家の要請」とが両立しないなどと話す者はだれもいなかったであろう。当時はまだまだ、機会に恵まれた開かれた社会である、と考えられていたからである。それを典型的に示すのがホレイショウ・アルジャ二世の描く小説である。そこでは、学校教育というものは、人に先んじるに欠かすことのできないものであると同時に、道徳的にも優れたものである、とみなされている。……一九〇〇年当時、九四%の者が中等教育を終えなかったが、彼らには、成功の機会が他にあった。……しかし、地位にそれに至るルートはますます階層化され、硬直化し、区分され、ひからびてしまっている。……生き残ってゆくことの必要条件は、まぎれもなく学問的なものであり、学校とか大学でのみ達成されるものである。しかしそれとひきかえに、そのような学校教育は、主導性や道徳性の意味あいを失いつつある。」
p29-30「教育の哲学的目的は、自分の所属する階級から個々人を解放し、人類という唯一のものに引き入れてやることでなければならぬ。慎重と責任感は中産階級の価値ではなく、人間の価値である。また自然らしさや性的関心を示すことは、無学の人の能力ではなく、人間的健全さがもたらす能力である。今日の社会心理学者たちは、人間的な共同社会に目を向けず、強迫観念が衝動を処理してくれるであろうような未来社会を頭に描いている、そんな印象を与えている!」

p32「たとえば人生とは、所詮きまりきっていて、非人格化され、金で格づけされるものだとか、規則に従って黙っているのが一番よいとか、自発性や解放的な性や自由の精神の発揮できる場など全然ないとか、こういった事柄を、あらゆる階級の現代市民の大多数が学ぶのはどこか。それは、家庭や友人からというよりもむしろ学校の中であり、マス・メディアからである。学校の中で訓練されたあと、彼らは学校と同じ性質の職業や文化や政治の中へ進んでゆく。これこそ、教育、非教育であり、国家的規範への社会化であり、国家的「要請」への組み込みである。」
※これは国家にとって生産的であるか、という問いはどこでなされているのか?
P33「読みを習得していない子どもたちという悩みがあり、読みの教授方法を熱心に防御する論議もある。じっさい、読むことができないということは、勉強を積み重ねてゆくうえでは障害に等しく、その結果、劣等感という苦痛感、ずる休み、それに脱落者が生まれることになる。」
※本書の最初の一文から「学校からの脱落者」の問題が語られる(p20)。
P34「おそらく現行の管理体制のもとでは、多くの人びとが読めなくてもいっこうにかまわないようになれば、われわれの社会生活は楽になるだろう。もし人びとが十分に「情報を仕入れて」いなければ、彼らを体制に組み入れるのは、ずっと困難になるだろうから。つまり、ノーバート・ウイナーがいつも指摘していたように、決まり文句をただ繰り返すだけでは、雑音を増やし、コミュニケーションを妨げることにしかならないからである。読み書き能力が低下すれば、それだけ民衆文化が育つであろう。もし若者たちがたぶんいりもしない規準に応じる必要がなければ、劣等感にひどく苦しめられることもなくなるだろう。」
リテラシー、文字通り批判能力と創造するための能力は話し言葉では限界がある可能性がないか?その意味でこの主張は読めないことの過大評価たりうる。

P43「全米の随所で七〇の大学を訪ねてみたのだが、その際私がぞっとしたのは、各学科が正しい学問精神で、その学科の真理と美のため、しかも人間的な世界文化の一環として学ばれることのいかに少ないか、ということであった。学生たちは、免許状と給料とを目当てにしたせせこましい体験、つまり「熟達」を与えられたり追求したりしている。彼らは、国家的スケールでの思考停止を教え込まれ、愛国主義的であることさえやめてしまった。」
※しかし言い換えれば、ここまで言っても学歴社会という枠組みは変わらなかった。
P44「強制的な学校システムは、すべての人にかけられたワナになってしまっており、少しもよいことはない。貧困階級も中産階級も含めてかなり多くの若者は、もしそのシステムがあっさりなくなったとしても、うまくやってゆくだろう。」
P46「先と同じ考え方だが、校舎の内外にかかわらず、若者をおとなの世界へ導くにふさわしい教育者として、免許状を所有していない共同社会の中の適当な成人——薬剤師、店の主人、機械工——を利用せよ。こうすることによって、われわれは現代都市生活にまことに特有な、おとなの世界からの若者の隔離を生じさせることもなく、専門的な学校人たちの持ち合わせている何でもござれの権威をなくそうとするきともできる。確かにそれは、おとなたちにとってみ、有益でしかも生々しい体験となろう。」
P46-47「A・S・ニールのサマーヒル方式に従って、クラスへの出席を強制しないようにせよ。もし教師がすぐれていれば欠席はなくなるであろう。もし教師が駄目なら、教師自らにそのことを知らせてやればよい。」
※教育があくまで関係性の問題であることを考えれば、この発想はアンフェアである。これを強要するということは、当然教師側が「従者」となる可能性もある。関係性であることを前提にすれば、そこに「支配者」であることを強要することは正当性がない。明らかにここでは「支配者」となることを強要している。

P51「教育学を実際に必要とする際立った問題というのは、子どもたちの声が封じられていることである。このことは十分すぎるほど明らかであった。子どもたちはしょげ返った姿勢で坐っていたし、声を発することもできなかった。それは姿勢からして無理だった。精神治療学的にみてもまた、その場合の子どもたちは、問題となっている事柄に対して、またそれを把握し理解することに対して、積極的態度を十分とることができなかった。」
P61「というのは、目的が部外者によってあらかじめ決められ、目的が創造的な仕事をせねばならない当事者——それが若者であってもーーによって批判・変更されえないような時は、どんな創造的な仕事もやれるものではないからである。」
※これも創造的であるとは何かを定義しないと意味がない。制限された環境には制限された環境なりの創造性をいくらでも作ろうと思えば作れる。
P70-71「一九六四年二月二四日に行なわれた全米銀行協会の講演で、労働長官は義務教育期間を一八歳まで延長することを提案した。ところがちょうど同じ頃、ニューヨーク州のキングカントリーのある大陪審は、義務教育期間を一五歳までに引き下げ、しかも手に負えない生徒を退学させることができる権限を教育長に与えることを提案している。地方の多くの学校は、学校にいたくない生徒たちを閉じ込めておくため、警察官を配置している。しかも、一九六三年の退学者たちの大多数は、いいふくめられて復学はしたものの、すぐふたたび退学している。教育の目的や方法やカリキュラムについて、本質的な改革が何一つなされていなかったからである。彼らはただ、だまされたときによって新たな屈辱を味わったにすぎない。さらにーーこれ以上いう必要はないがーー年長の生徒たちは、いっそう悪くなり、物騒な凶器を使うようになる。」

P77「現在、ほとんどの州で、すべての若者が、一〇年ないし一三年間、一日の大部分をいやいや教室に坐らされている。そこはほとんどいつもすしづめで、前を向かされ、州都の遠い行政部であらかじめ決めた学課をやっている。その学課は、生徒自身のもつ知的・社会的あるいは動物的な興味とは関係ないし、まして彼の経済的な興味とも関係ない。生徒が多すぎるために、個性や自発性が除外され、若者はふちょうで教えられ、先生はやかまし屋になる。もし若者が自分の好みに従おうとすれば、妨害されるし、ついには牢屋へ入れられもする。」
※このような教育において、どこに「個人主義」が見出されるのだろう?
P77-78「長官はその講演で、一八五〇年から、そう、一九三〇年までに目をみはるほどの拡張をとげた無償教育についてふれている。しかし、これは今日の状況に関していえば、まったく誤解を招くものである。繰り返していえば、このような機会開放は自由経済の中に起こった。自由経済には、技術や教養学習を必要とする広大な市場がある。若者は、自分自身の意志でその機会を利用した。だから、そこには黒板ジャングルもなければ、しつけの風土病的問題もない。教師は学習したい人びとを教える。だから、成績点がとくに強調されることもない。ところが、現在の状況はどうか。テストと成績点のきちがいじみた競争は、技術や学習を必要とする市場が開放されていない、つまりすきまがない、ということを意味している。高得点者を求める雇用者はあまりいないし、高得点者が独立の企業主になるわけでもない。要するに、二、三の大企業だけが巨大な淘汰作用と選択作用の利益をえている。」
※実態と理想、そして誇張との区別ができていないと、このような議論には意味がない。そして、なぜ学歴を持ったものの採用にこだわりを持つ必要性は雇用主に全くないのに、なぜそれを求めているのか、という説明も全くできない。問いに答えられない限りはやはり学歴のある者を求めている、と考える方がはるかに自然である。自然でない回答をするなら(これも立証あって然りだが)、その立証をすべきである。

P89「家族を別にすれば、子どもは学校教師以外のおとなとほとんど話をかわさない。しかし、生徒が大勢になりしかもスケジュールが盛りだくさんな学校では、人間的な接触を教師ともつ機会も時間もほとんどなくなる。また、大学と同じくそれ以下の学校でも、だんだん教師専門家養成や学校運営にうき身をやつし、人間的な役割を棄てるようになった。その結果、生徒がうちあけ話をしてガイダンスを受けるのは特別な場合に限られるようになった。もし人間としてとり扱われたいなら「逸脱」しなくてはならないのである。」
人間性と逸脱が結びついている、という点も注目してよいか。いや、もしくは訳の綾か。
P91「子どもの段階から以上のような様ざまなものが加えられ、洗脳されることになる。この洗脳ということの中には、①ある共通の世界観を与える、②別の方向に育つかもしれぬ芽をなくす、③自分自身の経験と自分自身の感情を適切かどうかわからなくしてしまう。④慢性的な不安をつくる、といったことが含まれている。その結果、安全性のみを求めて一つの世界観に人はしがみつく。これがまさに洗脳である。」
P92「だから、現代の過剰ともいえる技術や、現代の市民的平和(?)や、あまりにも多い教育機会や文化機会にもかかわらず、アメリカの子どもが、独立心を養い、自らのアイデンティティを確立し、好奇心や主導性を維持し、科学的態度や学問的習慣や生産的な冒険心や詩的な話し方を身につける、といったことは困難なのである。」
※個性の育成は困難!!

P120「同時に一方では、自発的な主導性ということが妨害されたり、不適当と考えられたり、「大事な」勉強にさしつかえると不安がられたり、さらには恥をかかせ拘置したりまでして罰せられている。しかもそのうえ、このような熱狂的な条件づけのコースを身に施された後、若い男も女も卒業しさえすれば様ざまな重要問題に主導性をとつぜん発揮しだすと仮定されている。すなわち、競争市場の中で自力で仕事をみつけたり、長期の生活設計をたてたり、独創的な芸術や科学の計画を企てたり、結婚して親になったり、選挙のために投票したりする、と仮定されている。しかし、彼らの行動は、うまく型どられすぎている。こうして不可避的にたいていの者が、組織人として、あるいは流れ作業のうえで、割りあてられた仕事を型通りやってゆくことになるだろう。」
※この認識について事実認定及び価値判断をどう考えるかは重要。
☆P121「行動分析やプログラム学習が学習と教授法の十分な分析であるにしても、政治的理性を無視しているために、それは自由な市民の教育にとって本当に適当かどうか、なお疑わしい。」
※例え学習として完成していたとしてもだめらしい。
☆p123「高度に自動化された技術社会では、ふつうの仕事は、二、三週間も現職訓練を受ければよく、学校教育などまったく要求されない。われわれが希望にあふれて期待する人間を大切にする雇用および余暇のためには、プログラム学習とはまったく違った教育や習慣をわれわれは要求する。」
※機械へのこの認識は致命的な問題か。
P124「現代の技術進歩には悲哀感がつきまとっている。プログラム学習がよくそれを例示している。プログラム学習の大部分は、生物を機械で操作できるようにするために、動物と人間を不当に低く評価しているところになり立っている。一方では、この学習法を生んだ社会的背景は、多くの人びとを見捨てられ者にし、事実彼らを人間的に弱め、人間を無責任にもする、そんな傾向もある。」

P128「しかし、今や別の危険が起こってきた。それは、全米科学協会の構成に深くかかわるものである。つまり、彼らが考慮している人と考慮に入れていない人とが、はっきり分かれている点だ。報告された改善計画や改善方法さらに提供されたテレビフィルムなどのいくつかを見ればよい。カリキュラムの改革委員は、大学院の教授ではないか、また、博士号を生産するための科学教育以外のものを結局は考えていないのではないか、という印象をぬぐいきれない。」
※「協会のめざした目的は、道理にかなったもので不純なものはない」と前置きがある(p127)。
P131「発見学習といってみたところで、それは、博士号がすでに出ている既知の解答に向けられたものにすぎない。創造性に必要な迷いやあきらめこそ重要な意味をもつというなら、こういった悪ふざけの提案に対しては、若者としては洞察するのではなく、禅教育の場合のように、嫌気がさしたり怒ったりするほうが正しい反応ということになるかもしれない。」
※禅教育とは?また、発見学習に対しては、「たとえば、それはマサチューセッツ工科大学の博士論文によってあらかじめ図示されたコースの中でなされる発見である。そうした過程は、威勢がよいどころか、まことに失望させられるものに違いない。私の推察では、この「発見」は、歓呼ではなく、冷笑をもって迎えられるだろう。発見の興奮は、謎ときの動画におとしめられる。このような謎ときは確かに多くの博士論文がやっていることではあるが、それにしてもその謎ときにどんな創造的思考がからんでいるか、私には疑問である。」(p62)と述べ、結局は「偽り」の真理の発見については全く無価値であると決め込んでいる。これについては、模倣行為への過小評価、および発見に至る思考プロセスの重要性の過小評価が含まれているように思える。

P135「理解困難な機械部門のためだけでなく、専門家仲間でしかその価値を予測できないようなスポンサーつきの研究に対しても何億ドルの予算を出すべきかの決定をしたり、さらに名誉ある失敗とにせのごまかしとをどのように見分けるか。これらはすねて民主主義のまったく新しい問題を提起している。迷信——「科学」の迷信を含むーーを打ち破り、人びとをもっと技術に慣れさせ、科学研究費や科学研究の階級制度に関する経済学や社会学を教えることで、その矛盾状態を緩和することができる。おそらく、正しい質問に答えたり、解答の中身ではないにしてもその確実性を判断したりすることは学習できよう。そうすれば少なくとも、輸送対策のような問題や外部援助のための技術輸出といった問題に関して、知識人が専門家を勇気を出して批判しようとする時、よりよい決定ができることになるだろう。」
P152「(1)われわれが伝えたいと思っている文化は、これらの青年にとってもはや文化ではない。文化をつなぐ糸が切れてしまった。
(2)これらの青年は、自分自身に対してまじめではない。これは、彼らのもっている文化の特性である。
(3)下級の学校と同じく、大学自身にみられる前兆や方法や目的は、先例のない現在と予見できる将来とによってすばらしい教育とは、少しいいがたいものである。」
※ただし、ここでいう文化とは西洋的な極めて伝統的な文化、ギリシャ人の話、聖書の話、騎士道の話などを指すようである(p152-153)。
P154「このような構造の欠如については、おおかたの学生も感じており、若い多くの教師たちも明確に述べている、と私は思う。彼らは私をほんとうの気狂いとまでは思わなくても、まさに時代遅れ、場所違いとして、郷愁の念で私をながめるーー事実、私は、うらやましがられさえする。というのは、かりに伝統的価値が欺瞞であるとしても、人びとがそれらを信じそれらを行なおうとすれば、それらの価値はこぎれいに自分を正当化することができるからである。」

P164「問題点を繰り返しておこう。幼児期から若者は、学校外の要求に対してしだいしだいにきゅうくつにさし向けられた、密集行進法というやり方に慣らされている。個人のペース、個人のリズム、個人の選択にはなんの注意も払われていない。しかも、アイデンティティの発見にも知的目的への献身にも、これといったものは何もない。適性テストと学力テスト、それに高得点を取るための過酷な競争などは、学校産業を含む実業界で高給取りへの梯子を登るレースである。」
P166-167「この提案(※大学入学前の社会経験を積ませること)の目的は、二つ。一つは、大学のレベルで、とくに社会科学や人文科学で教育されやすい十分な生活経験をもった学生が得られること、もう一つは、成績めあてに割り当てられた学業を一二年間しゃにむにやってきた密集行進法を打ち壊すこと、である。そうすれば、学生は、少しは内面的な動機づけで大学の勉強に取り組むことができるし、その結果、自分を変化させるかもしれない何ものかにおそらく同化するだろう。……
このプランのもたらす副次的な利点は、道徳問題を気狂いじみた親心で取り扱うという運命的なしかも偽善的な努力から、大学を救済することになる点である。若い人びとが、生計維持のために働いたり、外国へ旅へ出かけたり、軍隊に入ったりすれば、彼らは自分のことは自分で処置することができる、と大学は仮定してよい。」
P173-174「多くの教師は怠惰である。そこで教師は、成績点で彼らをあおったり、脅したりする。結局、このやり方は、よい結果を招くより、いっそう害を与えるにちがいない。怠惰は性格の防衛である。それは、自分がすでに完全であるといううぬぼれを守るため、学習を避ける方法であるかもしれない。怠惰は、まさに失敗したり、格下げされたりする危険を避ける方法であるかもしれない。それは時には、「私はその気がない」と丁重にいう方法でもある。しかし、そのような態度をまず最初に生み出したのは権威主義的な成人の要求であるのに、なぜ、彼らに与えた外傷を繰り返すのか?」

P188「この本で議論していることは、こうだ。すべての子どもは、できるだけ教育されねばならない。しかも、社会にとって有用であるように。しかも自分の力を最大に実現できるように育てられねばならない、と。現代の社会では、このことは、共同体の必要として、ほとんど公費でなされねばならぬ。確かにアメリカ人は、貪欲や消費や機械類や高速道路にあれだけのむだ使いをしているならその代わりに、現に彼らが支出している以上の金を教育に費やすべきである。しかし、このことから、大多数の若者を教育する方法は彼らを青年期や成人前期の間ずっと学校に閉じ込めておくことだ、ということにはならない。それはたんに、一つの迷信であり、公的な迷信であり、しかも大衆的な迷信である、にすぎない。」
P196「賢くて活発な人もおおくいるが、彼らのほとんどは、実はどこか別のところに行きたいと思い、トラブルを起こしはじめた。学問的なカリキュラムは必然的につまらぬものになった。学校の重要な機能は子守りと補導になりはじめた。子守りは、騒がしい大学にも引き継がれた。」
P198「そのようにして、わが子が「よく適応する」ということをかつて望んだ母親たちは、いまやIQと偏差値の狂信者である。気楽で民主的で楽しいところであった学校は、いまではおそろしく競争的である。」
※教育ママか?
P204-205「まことに興味あることに、労働省法務省の再訓練と社会復帰計画には、直接の学校援助法案よりも、学校教育をも含むいっそうすばらしい教育的理念が含まれている。連邦政府の教育への多額の援助は、教区学校問題によって妨害されているので、その金の何がしかは、学校というシステムを通さずに配分される方がようであろう!
実験室の科学訓練を多く含む職業訓練は、関連企業内部での技術実習として処理されるべきである。」

野村正實「知的熟練論批判」(2001)

 今回は以前小池和男のレビュー後に小池批判を行う著書があるのを知り読んだ野村の著書である。野村はすでに一度小池の「知的熟練論」の理論面での批判を行っているが、私もレビューした遠藤(1999)の提示した人事評価における「仕事表」の捏造の可能性に触発され、理論だけでなく実証面も含めて批判を行い直した、という著書が本書である。


 実際の所、本書のような著書が存在すること自体が憂うべき状況だろう。小池の議論がいかにおかしな事実認識、曲解した解釈をもっているか、そしてそれを支持してしまっている小池周辺の論者に対しても一定の批判を行う内容となっている。本当ならば本書よりも強烈に小池を批判するだけの材料があるように思うが、野村自身、その点はかなり意図的に押さえて論述していることが見て取れる。

 前回小池のレビューで述べた、日本の労働者の熟練を示す指標とされた「多様な職場の経験」を本書では77年から展開していた「キャリア熟練論」の一環と捉えている。確かに多様な職場を日本の労働者が他国の労働者より多く経験するということは実証的に示されている。しかし、このことが能力的な「熟練」に繋がるのか、疑問の呈していたのが熊沢誠であったと野村は述べる。たしかに「日本の熟練」においてもその熟練は間接的にしか提示されていなかったものであり、それを実証するものでは全くなかった。野村はこの壁を超えるために用いられたのが「知的熟練論」であるという。そしてその熟練度を客観的に示す指標として提示されたのが「仕事表」と小池が呼んだものであった。

 この「仕事表」はある企業(日産自動車)のものを想定したとされているが、この仕事表は著書ごとに内容が変わっているという(英訳にされたものさえも改変されている)。抽象化といった目的で改善しているといった理由があるならまだわからなくもないが、そのような意図が読み取れず、「論理的にも、倫理的にも、感覚的にも、私の理解力をはるかに超えている」と野村は言う(p38)。
 また、この「仕事表」の考え方は少なくとももとの日産自動車の評価制度とも大きく異なるとする(p90、中西・稲葉1995「日本・日産自動車の「給与明細書」」に実際の評価制度が示されており、それが小池の仕事表の位置付けと大きく乖離していることを示している)。「仕事表」の活用の性質については、以前小池がこだわっているとみた「二項図式」の考え方が色濃く反映されており、「仕事表を活用しないと熟練は形成されない」とする。

「仕事表が存在しないとすれば、どのような事態になるであろうか。仕事表が存在しないと、「だれも異常や変化に対処しようとしなくなる」し、「知的熟練は形成されず、異常はみのがされてしまう」。また査定において査定者の恣意性を少なくすることができず、「よく働いてもたかく評価されるとは限らず、だれも努めて働こうとしないであろう」。すなわち、熟練が形成されないだけでなく、勤労意欲も消滅してしまう。知的熟練論によれば、仕事表は職場の労働関係の中核である。」(p24、引用は今井・小宮編「日本の企業」1992、p330-332からのもの)

 また、興味深いのは、遠藤(1999)の著書発表後に展開された知的熟練論(本書では刷新版知的熟練論)における「仕事表」の取り扱いである。小池の極端な二項図式論に基づけば、次のような推論はほとんど妥当であるように思えるが、「仕事表はほとんどの大企業が査定の重要な参考資料として用いている」のであった。

「小池は直接明言しているわけではないが、ほとんどの大企業に仕事表が存在しているはずである。というのは、小池は、「大企業ではほとんどが統合方式」であると指摘している。すなわちほとんどの大企業に知的熟練が存在している。したがって、知的熟練を形成する重要な手段である仕事表も、ほとんどの大企業に存在しているはずである。そして、仕事表が査定の「重要な参考資料」である以上、ある会社の中において、仕事表を用いている生産職場もあれば用いていない生産職場もあるということであるならば、ある生産職場では仕事表を「査定の重要な参考資料」とし、別の生産職場では仕事表なしで査定をおこなうことになる。これでは、全社的な査定の公平さが存在しないことになる。」(p216)

 しかし、刷新版知的熟練論段階における小池は、遠藤の指摘を受けることで「2枚一組、定期的改訂、査定の重要な資料としての仕事表が実在することへの信頼性回復は、具体的な仕事表を提示すること以外にあり得なくなった」(p278)。しかし、実際にそれが実在する訳ではないので、妥協する形で「仕事表」が示されることになったのだが、「真の(※経験の)はばをみるには、仕事表だけに頼ってはあぶない」(小池ほか「もの造りの技能」2001,p29)と述べ、野村によれば「具体的にどのような判定プロセスをへて小池は上述の技術評価に至ったのか、フォローすることはできない」(p275)と述べる方法で技能評価を小池は行っているのであった(小池ほか2001,p35)。野村は述べるのを避けているが、これは小池の主観的判断で述べていることにしかならないだろう。そして、あろうことか小池は自らが固執していた「仕事表」への態度を変え、その価値を事実上否定してしまったのである。


○「事実認識問題」についてどう考えるか?
 新堀のレビューの際に取り上げた「社会問題」の捉え損ねの議論の中で、現われている事実自体の誤認と呼んだ論点については触れるのを避けたが、小池の事例はまさにこれに該当するものといえるだろう。この論点を非常に厄介としたのは、この論点は「観察者」の主観に依存しなければいけないようなデータ(事例)の取り扱いをすべき点というのがどうしても出てきてしまうからである。
 この論点については野村の大きな問題と見ており、唯一の解決策として「専門家集団」を取り上げている。

「私は、このようなモラルハザードを防ぐ唯一の方法は専門研究者集団による厳しいチェックである、と考えている。調査報告書が専門研究者集団によって厳しくチェックされると思えば、資料の創作や、恣意的な資料の改変をおこなう気持ちは生じないであろう。したがって問題は、専門研究者集団が調査報告書の信頼性を検証できるかどうかにかかっている。……
もはや、実態調査研究者は発見した事実を歪めることなく報告している、という素朴な性善説を前提とすることはできない。モラルハザードは起こる、と考えなければならない。モラルハザードを起こさせないためには何が必要か、資料の創作にもとづく報告書が公刊されてしまった場合、どのようにしてそれを判別するのかという問題を、実態調査に関係するすべての研究者が考えなければならない。」(p292)

 このような専門家集団であれば、確かに社会調査に対しては事実を歪めずに議論する余地はある。しかし、これでもデータ収集の段階で改変することについては、個人に依存してしまえば防ぐことは難しく限界がある。
 これに代わってデータ採取にあたり「追試可能」な条件を明示していることというのは、科学的には重要であるといえるだろう。その意味では匿名性というのはできる限り避けなければならない。特に社会問題や日本人が素朴に語られる場合はこの匿名性が結果的に強くなり、追試できないことも多いというのが問題である。
 もう一点可能性としてだけあるのは、「全体的な著者の主張をみて、矛盾がないかどうかを検証する」という論点である。小池のケースの場合はデータの虚偽性というのが相当明確なケースであるため、この論点でもそれがほとんど明確になるし、実際野村もこのアプローチで小池の「仕事表」の虚偽性を間接的に示すことができたといえる。

 例えば、小池は言葉の選択する時に、極めて一貫性が欠けており、野村は「同じパラグラフに「保全専門労働者」、「保全の人」、「保全専門者」という3種類の表現が使われていること自体、小池が言葉をいかにルースに使用するかを表現している。」(p124)と評している。新堀のレビューでも「理念型」の場合として述べたが、キーになる用語の概念が定まっていないような議論というのは、曲解に繋がる。たとえ小池にその自覚がなくても、読者がそれを誤解する可能性を減らすというのは分析者にとっては当然必要な点であり、小池はこのような曲解を「仕事表」の提示の中でも繰り返し続けたのである。
 また、虚偽である「仕事表」の89年の登場は、それまでの小池の理論を体現したものとして出現していることを、小池の論述の経過を見ることで確認している。言いかえれば、「仕事表」を実在化させるだけの条件を89年以前にすでに整えており、突然「理論」だけのものであったものが「現実化」したのである。

「ここにおいても(※85年の論文だけでなく、87年の論文においても)小池は、「ふだんの作業」と「ふだんとちがった作業」という概念を「用意した」のは自分であると主張している。そうだとすると、「生産労働者」の作業を「ふだんの作業」と「ふだんとちがった作業」に区分しているのは小池自身である。
 ところが、完成版知的熟練論の時期以後(1989年以後)、「ふだんの作業」と「ふだんとちがった作業」という概念は、小池がオリジナルに考え出した概念ではなくなってしまった。……小池の功績は、会社がおこなっていることを紹介したにすぎなくなった。」(p118-119)

 このように本書で述べられている小池の態度を見ていくと、私が小池のレビューの最後に引用した内容(青木・小池・中谷1986,p34)自体も海外の職場の事例を曲解して示された虚偽なのではないかという仮説も現実味を帯びてくることになる。ただし、小池のケースは特殊であり、ある意味で簡単に議論のおかしさに気付くことができる内容である。小池自身に悪意がある可能性も低いのかもしれない。しかし、これが「悪意」を持ったケースなのであれば、その虚偽を見出すことは困難になりかねない。論者の主張を信頼して性善説的態度をとることは簡単だろうが、野村のとったようなアプローチによって虚偽の可能性を述べるような方法は難しいようにも思う。

「『親方日の丸』の研究」―新堀通也レビュー補論

 今回は前回の補論として、新堀が使っていた「親方日の丸」の言説の妥当性検証の一環で、一般に流布していた「親方日の丸」言説を少し分析してみた。
 今回確認したのは読売新聞・朝日新聞の記事データベースから、新堀の著書が書かれる直前である1986年頃までの新聞記事と、国会図書館デジタルコレクションにおける雑誌記事の内容である。


○公営事業体・自治体と「親方日の丸」言説
 まず、国鉄を中心にした国が出資していた事業体への批判である。国鉄赤字経営をはじめた60年代からそれを批判する形で頻出するようになった「親方日の丸」言説であるが、国鉄に限らず、日本航空やNHKなど、同じく経営の問題が露呈したものに対して、批判的言説を行う一貫で「親方日の丸」が用いられている。このような用法が大部分を占める(※1)。

「最後に、浅井委員が宮本氏に「日航製の重役は天下り役人が大勢いる。そんな体質が〝日の丸商法″を生んだ。あなたは十六億円もの血税を無為に使ったこと認めるか」といったのに対し、宮本氏はこれを認め「申しわけない。反省している」と頭をたれ、声を低くしてわびていた。」(1970年12月11日読売夕刊「〝親方日の丸″YS−11の商法」)

「志賀氏は、こうした巨大化の一途をたどるNHKについてこう説明する。……電波の割り当ても含めてこれ以上マンモス化させるのは危険だ。といっていまの郵政省ではできないだろう――とNHKの国営機関的な〝頭越し外交″の強さを指摘する。
確かに小野NHK副会長は元郵政事務次官、同氏を含め三人の元郵政官僚がNHK天下りしている現状では郵政省の〝弱み″も大きい。」(1972年3月18日読売夕刊「親方日の丸NHK赤字論争」)

 上記の記事では、特に官僚の天下りの問題もセットで議論されているものの、これは公営事業体の経営が悪いことの理由として語られる理由の一つに過ぎない。これは例えば民間との比較という形で述べられていることもある。

「深刻な不況下にあって、民間企業がぎりぎりの経営合理化、経費節約に血のでるような努力を重ねている時である。「親方日の丸」の意識を役所、公社、公団などから一掃しなければならない時代であることをとくに強調したい。」(1975年12月12日朝日朝刊社説)

「四十九年度は、たまたま、日本経済が戦後はじめて、マイナス成長に落ち込んだ年であり、民間企業では、血のにじむような合理化努力が強いられていた。そういう状況下で、役所やそれに準じた機関が、依然として、高度成長期の惰性になれ、親方日の丸的な運営を続けているのは、到底許されることではない。」(1975年12月13日読売朝刊社説)

 両方共に1974年度の会計監査院の会計監査結果を受けた記事であるが、民間では「合理的」な運営を行うことを前提にし、そのような努力を怠る者として公営企業体や自治体という組織を位置づけ批判していることが、はっきり見える。
また、上記の引用にも見られるが、公営企業体だけでなく、政府や自治体に対する批判言説の中で「親方日の丸」体質が批判されることも一定数存在する。

「いまの計画だと、半官半民的な機関をつくってそこに発行を委託し、これを政府が全部買いあげて官庁や市町村、公民館、学校に無料配布するというが、これでは公務員相手のPRだけに終わりそうだ。費用は国民の血税でまかなわれるわけだが、一般国民の目にふれない新聞では、なんのための発行かわけがわからぬ。
 いつか総評が「新週刊」なる雑誌を出した。組織の力でベスト・セラーにすると息まいたが、結果は総スカンをくった。あげくの果てが、五億円近い借金を背負い、いまだに屋台骨をゆずる材料になっている。日ごろの〝親方日の丸″的発想が、大衆の意思の甘くみた誤算であった。こんどの場合(※政府による週刊新聞の発行)も「親方日の丸新聞」として、同じ懸念が多分にある。」(1968年4月19日読売夕刊)

「ところで選挙の粛正、浄化が叫ばれるたびに選挙の「公営」強化論が出るが、今度の選挙で、一体国はどのくらい候補者にサービスしているかをしらべてみた。……
こんな不まじめな候補者はもはや税金泥棒だ。国民もたまにはタックスぺイヤーとして、税金の行方というアングルから選挙をみつめてみると、関心がわくかもしれない。〝親方日の丸″の感覚は古い。自治省も「選挙公営」ときれいごとばかりいわないで〝ケチな根性″からの選挙PRを考えてもよいのではないか。」(1968年6月28日読売夕刊)

「職員の協力を得て行財政改革を推進し、成果をあげている自治体にとっては迷惑な話である。まじめに働く職員も多いが、たとえ一部であっても、〝親方日の丸″的な意識の上にあぐらをかく市町村がある限り、自治体不信の声はなくならないだろう。」(1984年7月6日読売朝刊社説)

「民間企業は、二千万、三千万円もの退職金はとても支払えないから、早くから手をうち、組合も協力してきた。これが労使とも〝親方日の丸″の役所と違うところだ。
自治体側は、先見性、経営努力などの面で、民間に大きく立ち遅れていることを反省すべきだ。それが地方行革の出発であることを改めて強調しておく。」(1985年4月8日読売朝刊社説)

 ここの記事においても組織のムダ、贅沢な待遇、そして取り組みへの意欲の弱さというのが批判される形で用いられていることがわかる。
 しかし、先述したような「民間との比較」が明確に示される形で批判がされている場合というのがはっきりしていないというのも特徴的なことといえるかもしれない。これは恐らく話の起点が赤字経営や非効率を理由とする事故といったものをむしろ想定し、それの理由を議論する中で用いられているからだと言えるかもしれない。見方を変えて述べれば、政府や自治体という組織自体は民間企業のような組織と比較されるにせよ、厳密に言えば「民間の代替が不可能」と呼ぶべき性質の組織であるから、明確な比較対象たりえないのである。

 このように責任論としての「親方日の丸」批判は、時に焦点がボケており、本当にその問題の所在が正当に述べられているのか微妙なものとして、語られていることがある。たとえば、次のような議論である。

「しかしこの事故についての第三者の批判にも奇異なものが目についた。たとえば五反田駅の寝すごし事故に関してある人は、駅には目ざまし時計すら備えつけられていなかったと批判していた。しかし定められた時期に起きて駅の入り口の扉をあけるのは、勤務するものの責任ではないか。……第三者までが親方日の丸式の考え方をしているというのは、一体どうしたことなのであろう。こうした風潮が国鉄を毒しているのではないか。」
(1968年10月7日読売夕刊、浦松佐美太郎の論)

 ここでは、最初国鉄の責任問題を問うていたのだが、それが転じて国鉄批判を行う者も論点がおかしく、その前提に「親方日の丸」的発想があること、責任の議論のベースはむしろ個々人のレベルにあるのではないかという見方で批判を行っている。
 また、民間企業ではなく官公庁に就職する若者に対して「親方日の丸」的体質があるとして批判するような議論も存在する。

「「不景気の年は、お役人志願が多くなる」という相関関係は、以前からあった。景気が悪くなると、民間が採用を手控えることや、学生が不安定さをきらって〝親方日の丸″の官公庁へ走るからだ。……
この底流はなにか。……横浜市役所が今春採用した三百六十四人を対象にアンケート調査したところ、民間に比べた地方公務員の魅力は「職場の安定性」「老後の保障」「ノルマに追われない」のパーセントが高い。……もう〝お上″という権力意識や使命感は、地方公務員にかぎっては残っていないのだろう。
……ノンビリズムのお役人ばかりになっては、納税者がたまらない。人材は、じっくり吟味してほしい。」(1974年6月22日読売朝刊)

「こうした今年の〝事情″に加えて、就職戦線の明暗と関係なしに、公務員や先生志願の学生がふくらんできた。いうなら若者たちの〝親方日の丸志向″である。」(1976年7月11日読売朝刊)

 ここでのポイントはやはり「責任」が若者に付与されている点である。しかし、もともと不景気である所から発した議論においてこのような「責任論」を唱えることが適切なのかと言われると、少々疑問もあるし、このような傾向を非難すべきであるのかというのも考慮の余地のあることなのではないのか。いわば「親方日の丸」という言葉は「殺し文句」の如く作用し、無制限的に責任を付与することを正当化している言葉ではなかろうかとさえ思えてくるのである。このような態度の延長戦上に、新堀の義務教育段階の公立学校も「親方日の丸」であるとして批判する態度があるのではないかと思ってしまうのである。


○学校と「親方日の丸」言説
 さて、新堀が対象にしていた「学校」は実際どのように「親方日の丸」と結びついていたのか。すでに述べたように、「親方日の丸」は基本的には行政組織を批判対象としていた。確かに教育の分野も行政の要素が含まれるが、やはり別の分野であり、自治体の議論の中にも学校教員が見えてくるのはほとんどない。
 しかし、教育分野における「親方日の丸」言説は全くない訳ではなかった。まずは国立大学批判を行う際に見られたものが挙げられる。

「大学法をめぐって文部省と国大協の意見が平行線をたどっているが、私は奥田学長のいう「大学自身に原動力がある」という主張には同意しがたい。奥田学長は、おそらく紛争終結のタイム・リミットを考えに入れていないのではないか。同時に、紛争が収拾のメドもつかず混乱しているのは、国立大当局者の考え方に一番大きな原因があると思う。
今日の国立大当局者の考え方は親方日の丸的で、自らの力で紛争を解決しなければ難破してしまう私立大のような緊迫感もない。学園の中に経済的合理性を持ち込むのは当を得ないかもしれないが、国民の血税でまかなわれている以上、全く無視していいものではあるまい。」(1969年8月13日読売朝刊、読者投稿)

ただ、これは読者の声欄に寄せられたもので、正面切って新聞記事で取り上げられた訳ではないことは押さえておくべきだろう。またこの論点は、雑誌においても同様の趣旨のものが確認できた。

「私学で学び、私学の教員をズッと続けてきているわたくしは、学会などで東大教師をみかけるが、「おれは東大の教授なんだ」といわんばかりの尊大で、トッツキにくい権威主義的な体臭を強く感じさせられ、偏向的な思想傾向のみならず人格的偏向に対しても軽蔑の念をいだかざるを余儀なくせしめられている。
この権威主義は、東京帝国大学以来の伝統と官僚主義機構によってのみならず、地方国立大学や私学に職を奉じている東大出身教員による教祖視や、戦後最大の権力者であるマスコミや出版社の一部偏向分子との権力追求と商業ベースによる結託などによっても支えられている。」
「これに反して、東大の場合、授業料に値しないものを授業料と称し、尨大な国家予算の下に、私学に比してはるかに高い公務員給与にもとづいた多数の教員・助手・技術員・職員を擁し、しかも教員は担当授業時間数はきわめて少なく研究講義準備の時間に非常に恵まれている。学生指導の時間も、その気になれば、私学よりも相当時間がある筈だ。学生もあらゆる面でまことに恵まれた環境にある。
そこで、今度のような紛争がおこり、長期にわたってなお解決しえないということは、常識では考えられない。権力批判を呼号しながら、その実は東大総グルミで「親方日の丸」、すなわち前述のような国家権力と国家予算の上に安住したジキル・ハイド的な姿が、東大の真相であるといえよう。まさに繁栄の中での亡国の相である。とくにいけないのは、教員——とりわけ〝進歩的″教員——であるといいたい。」(大谷恵教「〝親方日の丸・東大″どこへ行く」政策研究フォーラム編「改革者」105号1968,p11-13)

 いずれのケースについても私立大学と国立大学(特に東京大学)の大学紛争の対応が比較され、東京大学の対応の遅さが批判されている。やはり組織的な問題・責任論として語られている。
 次に高校における議論であるが、これも投書で公立高校の批判の議論として用いられているものがあった。

「まず非行をなくすためには、落ちこぼれをなくさなくてはならない。そのためにはわかる授業を、能力別指導を、教師集団のあり方をーというように、手さぐりの教育を執拗に追いつめ、最後まで生徒にくいついていった真摯な態度には、なんといっても頭のさがるところである。
いわゆる〝親方日の丸″式な官立校の学校では夢にも考えられない学校教育の考え方である。こうした考え方が、官公立の学校教育にも取り入れられない限り、明治以来の立身出世主義の教育を脱皮することはできないと思う。」(1978年8月9日読売朝刊、元教員読者投稿、私立学校「篠ノ井旭高校」との対比として)

 大学のケースと同様に、私立学校を比較対象として、公立高校の(恐らくはエリート主義的性質を)批判しているものである。ちょうどこの時期が「落ちこぼれ」言説のピークであり、その流れに乗った形で、「親方日の丸」と合わせて用いられているケースであるといえるだろう。
 そして、義務教育に関する「親方日の丸」言説は、何と文部大臣とのインタビューの中に見出すことができた。

「(※松永光)文相 義務教育についても、しかり。公立の教師より、塾の先生の方が教え方がうまくて熱意がある、というのは、嘆かわしいことですよ。なぜそうなるかというと、結局、親方日の丸だから。教育を受ける側、つまり父母が、公立学校の教育を評価の対象として、学校がその評価に耐えられる努力をする――そういう刺激を与えるためだと考えると、((※義務教育の)自由化論は)意味のある発言だと思う。」(1985年7月6日、読売朝刊、臨教審第一次答申に対する文部相インタビュー)

 まずこの議論は臨教審答申との関連で述べられていること、そして比較対象が私立学校ではなく塾に向けられているという点は注目すべき点だろう。85年の記事であるため、すでに新堀の影響を受けた言説である可能性もあるが、かなり新堀と近い形での文脈を含んだ内容であるように思える。
 しかし、基本的な傾向は何一つ変わらない。比較の対象として素朴に「民間」を想定しながら、公は動きが悪い、効率が悪いということを批判し改善を要求するという言説として用いられていることがわかった。


○日本人論は「他者」を想定しているのか?
 ここまで「親方日の丸」の議論を追ってきて、一つはっきりしていることは、この言説自体は「日本人論」のカテゴリーには入っているとは全く読み取れないという点である。
 実際の所、この議論は組織論に対する批判であり、日本人論としてカテゴライズされていると言ってよいであろう「護送船団方式」とも呼ばれた経営論にも密接に結び付きそうな話であったが、私が読んだ限りの記事では(※2)見つけることができなかった。これは、端的に「親方日の丸」という言葉が想定しているのが「海外」ではなく、はっきりと「民間」側にあったからである。
 ところが、新堀は「親方日の丸」言説をタテマエ・ホンネの話で説明してしまっており、「特に公立は」という表現でその性質を説明しているのである(新堀1987=1996,p226-227)。これは明らかに既存の「親方日の丸」言説を逸脱したものであり、日本人論と結びつけて説明してしまっている点なのである。

 このような論法を展開することで結局仮想されていた「民間」というのがかなりボケてしまい、かといって明確に「海外」との対比を行っているのかどうかさえよくわからない(比較の説明をしていない)。もともと「親方日の丸」言説はこのような対象がボケてしまうという性質を持ち合わせていたものだったとは言えるが、新堀はそれを更に「日本人論」と結びつけたことで不明慮にしてしまうことに一役買ってしまっているのである。

 結果として、無限定的にこの「親方日の丸」言説が新堀の著書の中では用いられることとなっているのである。確かにそれは批判言説であるのだが、比較対象となるものがほとんど存在しないといえる状況にある。このような状況で困るのは、結局これを改善したい場合にも、何をもって改善されたのか説明することさえできなくなることである。このような批判論法には議論を行う価値が存在しないのである。次回、杉本・マオアの「日本人は『日本的』か」(1982)をレビューする予定だが、このような態度の取り方は日本人論に頻出する傾向であるらしい(杉本・マオア1982:p181-182など)。

 しかし、ここで更に一つ問わねばならないことがある。それは「日本人は〜である」という時、直ちにアメリカ・欧米といった「他者」を想定していると言えるのかどうか、という問いである。杉本・マオアもそうであったが、日本人論を批判する著書においては、ほとんどこれが自明のごとく「他者」を想定したものであると断言しているのである。
 「親方日の丸」言説を分析してみてわかったことは、この言説が「民営」を想定しがちであったにも関わらず、そのような「他者」を想定することなく単に公的なものを批判し、その改善を強く要求するために用いられていることもあるという点であった。そして、その際のキーワードは「責任問題」であった。
 つまり、このような責任問題を問われる場面においては、そのこと自体が目的となり、比較想定されうる「他者」というのはいないものとみなしても、十分言説として機能しているという点を確認できたのではないかと思う。

 しかし、厄介なのは、このような言説は確かに「他者」なしに言説として機能するものの、実際に「他者」の存在について問われた時にそれを否定するのが難しいという点である。
 一例として、「資本主義の批判」というのも有効だろう。確かに「資本主義の批判=共産主義の支持」とはならないということは、特にドゥルーズ=ガタリやポール・ウィリスの議論をレビューしていた際の内容を読めば明らかであるように思える。しかし、批判の仕方によっては、これを否定することが難しくなるというのも事実なのである。

 例えば、教育の議論の関連で言えば、「総合技術教育」という議論にそれを見出すことができそうである。総合技術教育は、ソ連の教育方式とされ労働実践等で独自のものであるが、そこから学べる点があるとして理論・実践の考察がされていたものである。

「「ところで、われわれは、わが国における一九七〇年代の総合技術教育に対する関心の高まりが、ソビエトにおける一九六七年の労働教育の新教授細目の直接的反映としてではなく、一九六六年の中央教育審議会答申「後期中等教育の拡充整備について」を起点とする中教審路線の差別・選別の教育政策に対する民主主義的教育要求すなわち「すべての青少年が主権者として平和的、民主的な社会を形成し健康で文化的な生活をいとなむのに必要な能力——自然や社会についての科学的知識の基本、技術の基本、文化的諸分野の基礎的諸要素を身につけ、健全な身体を発達させる」ことをねがう国民の教育要求を実現していく民主主義的教育運動に役立たせるというよう現実的な実践課題からきていることに注目しなければならないと思います。
総合技術教育の課題は、社会主義体制でなければ十分には果しえないといってよいでしょうが、独占資本主義の段階にあるわが国の政治体制のなかでは、それへの一歩の試みも全く不可能であると割切ってしまうのも間違いであると考えています。いまわれわれは総合技術教育の思想を学び、社会主義国における総合技術教育の実際を学ぶとともに、独占資本主義のわが国の政治体制のなかで、その一歩をどう現実化するかという非常にむつかしい問題に直面しています。」(技術教育研究会「総合技術教育と現代日本の民主教育」1974,p10)

 ここでは素朴に社会主義国とは異なった形で「総合技術教育」の実践は可能であるという見方がなされている。しかし、本書において「総合技術教育は共産主義を目指すものでしかないのではないのか?」という問いが立てられた際、矢川徳光は次のように答えている。

「それらを私は総合技術教育といっていいのか、総合技術教育主義といっていいのか、ロシア語をそのまま便法的に使わしてもらいますとポリテフニズムといったようなことがらとしてとらえてみたい。そうするとそれは共産主義教育全般のことがらと同じでないかということになりますが、私は同じように思います。そうすると概念がどこでそういうふうにこんがらがってきたのかということを追求しなければいけないわけなんで、私の理解のしかたの概念がどこでそうこんがらがってきたのか、その出どころはどこにあるのかということをもっと追求しなければならないと思っています。それはマルクスが提唱したような時期のことがらといま、私たちが生活している状況とは少しちがって技術の発展、社会生活の複雑化、低福祉の諸問題、こういうものが加わってきている中で教育を考える場合に、広い意味での全一的システムとして総合技術教育を考える。これを、別のことばでいえば私も共産主義教育というものとまったく同じようなものなのか、どこでちょっとだけズレるのか、わからないけれども、重なって考えられるというふうになってくるわけです。」(技術教育研究会「総合技術教育と現代日本の民主教育」1974,p120)

 恐らく、ここで議論されているものも「親方日の丸」と同じような点なのではないかと思ってしまう。独占資本は非難されるべき対象であり、その改善が必要であることが求められているという状況においてそれが言えるだろう。しかし、その改善としてここで持ち出される「総合技術教育」の到達点いうのはどこなのだろうか?それを問うた際に矢川は共産主義教育全般のことを為すことによってしか解決しないだろう、とここで解釈したのではないかと私は思うのである。

 日本人論や資本主義批判という論点においては、このような状況に出くわすことが以外とある印象である。この一見矛盾した論点について、結果として「日本人論を『他者』なしに議論することは問題」と見るのか、それともこのような論法が正当であり、正当性を与える条件をどのように設定できるのか、レビューの折に検討していきたい。


※1 但し、今回は国鉄の批判における記事は記録しなかったので、引用も割愛している。

※2 ※1と同様、今回は国鉄の記事については読んでいない状況にあり、それ以外の用法で用いられていた記事を分析した。その限りでは日本人論との結びつきはあるとはとても言えなかった。

新堀通也「「見て見ぬふり」の研究」(1987=1996) その2

<読書ノート>
p鄱-鄴「(※教育風土シリーズ発刊の目的の)第二は日本文化論など日本研究への寄与である。今日、日本の国際的地位の高まりから、諸外国では日本への関心が拡まり日本研究が盛んになっているし、国内では日本社会論、日本文化論、日本人論が流行している。
そのさい当然のことながら、教育は一つの有力な資料、材料となり得る。日本の教育には上に述べたような日本全体の風土が影響しているが、同時に日本の教育には独自の風土がある。教育は一方では社会によって大きく条件付けられている。教育、中でも学校教育はタテマエ支配の傾向が強いので、教育を取り囲み、教育をその一部とする一般社会のタテマエ的風土が教育に最も典型的に表れているはずである。その意味で教育を通して日本社会の風土を明らかにすることができる。例えば「日本的」平等主義の風土は、教育の中に集約的に表れているはずだ。
半面、教育は社会から遊離、遅滞しがちであり、わるくいえば閉鎖的、よくいえば自律的である。教師は「世間知らず」であり、学校での常識は世間では非常識とされることも多い。教育には教育固有の風土があるにちがいない。
こうしてわれわれは教育を手がかりにして「日本的」風土に加えて、「日本的」教育とは何かを明らかにしたいと考えている。諸外国との差異を強調するより、類似性、共通性に着目することが、日本研究で盛んになりつつあるが、われわれはなお「日本的」なるもの、現代日本の教育の特徴を重点的に取り上げて指摘したいと思っている。中でも往々にして見逃されている現象の中にかくされた「日本的」なるものに着目したい。」
※本書は教育風土シリーズと銘打ったが、続いた著書はなかった。

P3「日本全体の社会的風土だとは思うが、特に教育の場で「見て見ぬふり」の傾向が著しい。」
P4「「見れどもいわず」の心理的原因は、見れどもいわざる側に勇気や責任感が欠如していること、自己保身や利己主義が働いていることであり、制度的原因はいったところで何の効果もないこと、いわれる側に制度的な身分保障が与えられていることである。
「見て見ぬふり」の中で育つ子どもは善悪適否の判断がつかなくなる。その結果、「指示待ち族」といわれる青年が出来上がる。「見て見ぬふり」の理論的根拠の一つは、おとなが子どもに口うるさく干渉し指示していては、子供の自主性や判断力が育たないから、おとなはできるだけ子どもの自由を尊重すべきだという点にあるが、奇妙なことに「見て見ぬふり」を実行した結果、かえっておとなの指示を仰がなくては何もできない人間が生まれてしまった。」
※制度的原因は「何の効果もない」などと言ってしまってよいものなのか??
P6「子どもだけでなく、教師にも一斉主義が確立している。「親方日の丸」のもとで、教師はいったん採用されると、その能力や努力とは関係なく年をとるとともにいっせいに昇級していく。」
P7「世の中には数多くの教育的迷信がある。例えば「無限の可能性」とは教師が好んで使うコトバだが、有限な人間に無限の可能性はあり得ない。」

P8「学校でどんな教育が行われているかは、親といえどもわが子の報告から推測するだけで、その他に年数回の授業参観や教師との懇談会があるにすぎない。わが子を「人質」にとられた親はどうしても教師に遠慮して「見れどもいわず」という気持ちになるが、そもそもその前に学校側、教師側が「見れども見せず」で自らの実態や欠陥はできるだけかくそうとするのだ。中でも職員室、職員会議でどんな光景がくり拡げられているかは誰も知らない。」
※これは大学も「象牙の塔」として批判されている(p8)。
P13「かつては親が子どもに命令し、子どもが親を恐れたが、今や子どもが親に命令し、親が子どもを恐れる。「民主的」で「理解ある」おとなほど「見て見ぬふり」をする傾向がある。子どもの「自我」や「自主性」を尊重し、子どもの「自由」や「権利」を擁護し、子どもを「欲求不満」に陥れないためという口実がそこに用意されているが、半面そこにはおとなの保身、エゴが働いている。
おとながいいたいこと、いうべきことは、子どもにとっては苦言、忠言、直言に他ならない。おとな自身にとってもそうだが、苦言より甘言、忠言より阿諛、直言より弁護の方が耳に快く響くのは日常の常である。そこで苦言、忠言、直言を呈するには、相手から嫌われた煙たがれることを覚悟しなくてはならぬ。「勇気ある発言」というが、苦言、忠言、直言には勇気が要る。
こうして気の弱いおとな、嫌われまいとするおとな、わが身大事なおとなは、子どもに「ものいわぬ」ようになり、ものをいう場合にも子どもの気に入るようなことをいっておく。もの分かりのよい、子どもの「味方」を装うおとなが増える。子どもをたしなめたり、叱ったりすれば、「分からず屋」「変わり者」「うるさ型」「時代おくれ」というう評判を得、場合によっては子どもから復讐を受けねばならないので、器用で賢明なおとなはそんな愚かしいことを引き受けない。また敢えてそれをすれば、飽食の時代、ゆたかな社会、甘やかしの風潮の中で育ち、カッとなって何を仕出すか分からない。」
※もちろんここには過去の状況そのものがよかったかどうかの検証はなく、にもかかわらず現在を批判している。
P14「かつて教師は信頼と尊敬のまとであった。教師に対してわが子を「人質」にとられた親が告訴したり、学校に抗議を申し込んだりするなど、ほとんど考えられないことであった。かつて教師は地域における最高の学歴をもった知識人であり、学校は唯一の教育機関であった。教師はよかれあしかれ「師表」として言動をつつしんだ。今は親も含めて住民の中に教師と同等あるいは教師以上の高学歴者があるし、学習塾、教育放送、カルチャーセンターなど、学校以外に数多くの有能な教育機関が出現している。親も世間もマスコミも、各種各様、相互に対立する要求や期待を教師に投げかけるので、そのすべてを満足させるわけにはいかない。いじめその他、多くの病理現象が明らかになるにつれ、それを適切に解決できない教師への不満が高まる。今や教師に対しては「外」から遠慮会釈なく非難、攻撃、批判が浴びせられるようになった。」
※ただこの尊敬の議論と戦後までの天皇崇拝体制の話が同じ論理である可能性もある。

P40「学校はその教育的な愛情と信念から、どんな子どもにも「無限の可能性」があり、どんな生徒も切り捨ててはならないと考える。学校や教師には教育と子どもに対するオプティミズムが存在している。また制度的にも義務化し、準義務化した学校ではどんな子どもも受け入れなくてはならず、どんな子どもも退学させたり落第させたりすることはまず不可能である。「きびしい」世の中に対して、学校は「温室」であり、それはとりも直さず学校が生徒に対する統制力を欠くことを意味する。」
P41-42「その一方、過保護、飽食、ゆたかさの中で育ったので耐性に欠け、ちょっとしたことにもすぐにカッとなったり、自殺したりする。」
P43-44「ところが学校はこうした統制力を失うようになった。一つには先に述べた通り学校が義務化、準義務化するにつれて、落第、不合格、退学などというムチを失ったためである。そうした段階の学校、中でも公立の学校ではどんな子どもも拒否することは許されない。校区内の子ども全員を一定期間、受け入れなくてはならない。どんな子どもも落第させたりすることはできない。子どもの方からいえば、どんな成績をとったところで一年経てば全員が進級し、六年経てば全員が進学できる。いわゆるいっせい進級、全員入学の制度がそれである。
こうして制度的に学校から報賞体系が失われ、信賞必罰の実行が困難になっただけではない。もっとそれを困難にしたのは理念的、世論的な背景である。人権尊重、学習権の保障、教育機会の均等などの原理からいっても、教育の論理からいっても、また入試地獄、偏差値体制、輪切り、知育偏重、学歴偏重などの現実的弊害からいっても、「教育」の場である学校がテストや成績で子どもをしめつけ、全人的発達や仲間との協同や連帯を阻害することは許さるべきではない。こうした理念や世論は教師も強く支持するところだから、できる限り学校から賞罰、成績、序列、試験などを追放し、すべての子どもを平等に扱い、のびのびとさせなくてはならないとされる。」
※このような指摘は日本の枠組みでしか教育を見ていないとしか言えないのではないか。捉えられるべきは、そのような権利問題と罰則の対峙においていかなる先進諸外国で差異がありえるか、ではないのか?
P45-46「ところがここでも理論的にも理念的にも世論的にも規則による統制は学校にあってはならないものとされ、ますます不評になっている。細々とした規則を作らなくてはならなくなったというのは、まさに学校が生徒を管理しにくくなったためなのだが、それは学校が「管理主義」「シメツケ」に走っていると生徒からも世間からも総攻撃を受けつつある。校則は生徒の人権無視だとその総点検が弁護士会や教員組合によって行われるし、制服への反対キャンペーンが大新聞の投書欄に繰り拡げられる。校則違反が英雄的行為であるかの如く扱われる。」
※この議論は二重の系譜を経ているように思う。一つは日教組的な管理主義批判として現れたものであり、もう一つはそれとは別のどこから出たであろう校則批判の系譜である。もっともこのような解釈を世間がしていたかどうかから疑問である。新堀の捉える「社会」なり「世間」とは何なのか。

P54「おとな不信の教えを説くおとな自らが認めているように、おとなは貪欲、虚栄、悪知恵、権力欲、物欲、陰謀、残酷、裏切り、嫉妬などを数限りない悪徳をもっている。聖人君子ぶった人間、「えらい」人間ほど、ひと皮むけば醜悪な偽善者だし、世の中には天人ともに許し難く度し難い悪人もいる。子どもにえらそうに説教する親や教師自身、自らを省みて一点のやましさもないと断言できないにちがいない。このおとなは放っておけば何を仕出かすか分からない。そのため法律や世論がこの「性悪」なおとなが悪に走らないよう、いろいろ歯止めを設けている。
ところが同じ人間でありながら、子どもだけは例外とされる。すべての子どもは本来、無邪気で天使のような存在だ。生まれたばかりの赤ん坊のあの愛くるしい姿を見よ。天真爛漫、純真無垢のあどけない幼児を見よ。こうした子どもを「性悪」だなどと考えることは、それこそ子どもへの冒涜だ。世の中には「わるい」おとなはいても「わるい」子は一人もいない。
子ども「性善説」には特に親や教師の信念である。」
p55-56「逆に「性善」であった子どもが「性悪」なおとなになったのは、おとなの行った教育が誤っていたためである(※と子ども「性善説」は考える)。こうして子ども「性善説」に立つと、子どもの非や悪はすべて、おとなに起因するので、おとなは子どもを責めるべきではなく、子どもに謝らなくてはならない。子どもの「落ちこぼれ」は教師の「落ちこぼし」のためであり、子どもが万引きをするなら、それは万引きがしやすいように商品を並べてあるためである。こうして許容社会はさらに進んで弁護社会、謝罪社会となる。子どもは何をしても何をしなくても許されるどころか、何か仕出かしてもおとなが弁護し謝罪し懺悔してくれる。これでは子どもに自己反省も努力も責任感も育つはずがない。
子ども「性善説」にはいくつかの事実誤認と問題がある。その一つは一見、無邪気と思われる幼児の間にも、残酷、悪知恵、嫉妬などが見られることである。人間は完全に独立自足し得る存在ではないから、最初から業とでもいえる悪への傾向性を秘めている。おとな性悪、子ども性善と割り切ることはできない。どんなおとなも見方によっては美しいし、人間万歳を唱えることもできる。
その上、子どもとおとなを画然と分けることはできないのに、子ども「性善説」はその誤りを犯している。学校に在学する限り、子ども「性善説」に固執するが、学校を出たとたんにおとな扱いする。しかし子どもからおとなへの移行は漸進的であり、中学や高校ともなると「性悪」なおとな同様に成長して、甘い「性善説」では扱い切れない子どもが現れるのが現実である。
ところがおとな、特に教師はこの事実を知りつくしながらも認めようとしないので、学校は公約を乱発し、責任過剰、負担過剰に陥り結局は公約不履行に至って教育不信を増大してしまうのである。」
※実際の所、おとなに対する新堀の態度は曖昧である。ここでは悪い大人は仮定であるが、p54の書き方は大人が性悪であると断じているように読めてしまう。仮定の話として語っていないのである。また、三ない運動などの取り組みはむしろ学校外での出来事も学校で受け持つ姿勢から出たものであるし、そのことが批判もされている内容である。

P58「なぜこのような(※病理症状、問題行動をもつ)子どもが増えたのか。原因として大きく二つの条件が考えられる。一つは制度的条件であり、もう一つは社会的条件である。制度的条件とは学校教育の義務化、準義務化をいう。義務化すればするほど、学校には子どもを選抜したり拒否したりする権利はなくなる。以前なら、学校の「手に負えない」ことがあらかじめはっきりしている子ども、つまり学校の当事者能力を越えた子どもは、学校の方でご遠慮願い、お引き取り願うことができた。今でも私立学校とか大学では志願者を何らかの形で吟味し選抜することができる。入学させた後でも、学校が自らの手に負えないことが分かれば、学生生徒を退学させる。また学生生徒の方でも自分の手に負えそうな学校を選び志願するし、手に負えなくなれば自ら退学しても差し支えない。ところが義務化した学校、中でも公立の学校はそうはいかない。」
※正しい義務化の把握といえない。留年の考え方や学校の包摂と義務化は本来全く別問題である。
P58-60「義務教育では子どもを選抜したり拒否したりすることができないので、同一の学校の中に多種多様な子どもが入っている。以前であれば「手に負えない子ども」の一部は就学免除されたり、彼らだけを専門に収容する学校に入ったりしたし、また最初から学校に入ろうとさえしない場合もあった。ところが今や逆である。「手に負えない子」も、「手のかからぬ子」といっしょに入学してくる。
しかもそうした種々様々な子どもが各学級に平均にばらまかれるよう配慮される。学級間の格差が出来ないようにするためである。義務教育では子どもは学校を選択することができないから、学校間格差をなくすという平等の原則が政策公準となり、全国共通の基準に則った教育が行われる。ある学校にはすぐれた教師や生徒ばかりが集まり、他の学校には「問題的」な教師や生徒ばかりが集まるというのでは不公平、不平等である。この平等の原則が各学校内にも適用されるため、どの学級も似たりよったりの編成がなされる。
そこでは学校間格差や学級間格差はなるほど縮少するが、逆に学校内格差や学級内格差増大する。その結果、教育が困難になることは目に見えている。「手のかかる子」にばかり手をかけるなら、「手のかからぬ子」への手が抜かれるという別の不平等、不公平が生まれる。「手のかからぬ子」は扱いやすく、効果も上がりやすいと言うんで、「手に負えぬ子」が無視されるなら、これまた大きな不平等、不公平である。「手のかかる子」や「手に負えぬ子」に対してはどんなに手をかけても際限がないはずだが、彼らだけを相手にするわけにはいかない。彼らだけを例えば一対一で個別指導することはできないので、その指導も中途半端に終わってしまい、それが「手に負えぬ」程度をいっそう大きくする。一対一なら救い得た子どもまで、「手に負えぬ子」になってしまう。こうした制度的条件のため、「手に負えぬ子」が増えるのである。」
※このような発想から学校選択制の議論が出ても不思議ではない。しかもここでの制度的条件は「制度」を曲解しているために、曲解された結論として教育問題を語ってしまっている。
P60「あらゆる人間には平等な人格があり、この人格を最大限に尊重することは、民主主義的な人間尊重の精神から自明当然の要請である。義務教育という制度は、今日誰ひとり否定し得ないこうした原則の上に成立している。」
※この原則こそ、新堀が「社会的条件」と呼んでいるもの。

P64「第一の道が教師の責任放棄だとすれば、第二の道は教師の責任転嫁である。お手上げとなった教師は子どもから手を引いて、他の手に子どもを委ねる。警察に子どもを引き渡し、他校への転校をすすめる。家庭が悪い、社会が悪い、下の学校のやり方が悪いなど、いくらでも責任を転嫁して他を非難する。同一の学校の内部さえ、学級担任の責任だ、生徒指導部の責任だ、校長の責任だなどと、責任のタライ回しをして、その子どもの指導を引き受けようとしない。こうした切り捨て、タライ回しは教師にとって安易だが、当の子どもにとっては、はなはだ迷惑であろう。一人の教師、一つの学校から見離されても、他の教師、他の学校が受け入れてくれるならまだ救いはあるが、転々として預けられるどの教師、どの学校も次つぎに自分を見離し、新しい預け手を探そうとするのだから、子どもの怨みはいっそう深まるにちがいない。特に先に述べたような社会的風潮のもとで、自分にはいっさい責任がないと考え、自己反省の態度を失うようになってしまった子どもにとって、ババ抜きのババ抜扱いされることは自尊心に決定的な傷を与えられるだろう。」
※新堀の中には明らかに教師の教育の責任とは何かが明確にあるから、このような言い方しかできないのだろう。その責任は本当はもっと流動的たり得るのではないか?本当に教師に責任付与すべき問題なのか?そのような問いを不問にしている状況こそ「日本」、正確には「世間」の枠を超えない教育論の致命的な問題点である。なお、ここでいう社会的条件とは平等原則を拡大解釈し、子どもを「王様」扱いすることを指す(p61)。
P65「しかし外的な規則だけで学校が満足するなら大きな見当ちがいである。手に負えない行動はなくなっても、手に負えない心がなくなるとは限らない。行動を改めさせるだけではなく、心を改めさせることこそ教育である。面従腹背の態度を植えつけてしまったのでは、教育は失敗したといわねばならない。」
※これは正しいかもしれないが、結局制度軽視の傾向を生む結果にしかなっていないように思える。結局制度依存の程度を推し量ることができていないのである。

☆P65「以上三つの方法には見てきた通り大きな問題があり真の解決からはほど遠いが、それではいったい妙手があるのと反問されると返答に窮するにちがいない。しかし私見によれば手の負えぬ子をどう指導するかというテクニックではなく、彼らをどう受けとめるかという哲学や姿勢こそが重要である。いやしくも教師が教育に専門家であり、学校が教育の専門機関である以上、手の負えない子どもこそ、その専門性を実証する最も大事なクライエントである。素人の「手」に負えないからこそ、病人は病院を訪れる。平凡な医師の「手」に負えない病人を治すのが名医たるいえんである。手の負えない子が出現し増加し、素人が手を焼いている時代こそ、教育の専門家たる教師の力量を発揮する出番だといってよい。その意味から、この子どもたちは恐怖や敬遠や抑圧どころか、感謝のまとにされて然るべきである。」
※そして結果が教師の「専門性」とは何かを全く問わない形で、教師を専門家として位置付ける発想である。ここにおける専門性は全く際限がないし、本当に専門的なのかどうか、はたはた専門的であるべきなのか、といった問いを不問にしてしまう。制度的観点を無視してしまう精神論に支えられた「教育」論の帰結である。
また、医師との対比も三重の意味で妥当とはいえない。一つは病気は直るべき性質のものであるが、教育行為がそのアナロジーとして適切であるかは大いに議論がある点、二つは医師と一言で言っても多様な分野における「治療のスペシャリスト」がいるのであって、ここで素朴に想定しているような学校内における教師がその多様性に全て応えることさえも要求している点(ある意味で医師よりも高度なものを実際は要求している点)、そして三つは医師と教師では身分保障(給与等)に大きな格差がある点である。このような還元的発想も、「教育」言説固有の「病理」的な精神論の所産と読めなくない。

P68「こうして法律によって自らの立場や主張を正当化し、自らの権利や利益を擁護しようとし、最終的な決着を裁判所に仰ごうとする人びとが増える。何かというと法規をふりかざし裁判に訴える風潮が起きるが、この風潮は教育界の中にも入り込み、学校に対しても向けられる。かつて親が学校を告訴するなど考えられもしなかったが、今や事あるごとに親は裁判に訴えて学校の管理責任を追及し、損害賠償を要求する。教育裁判に至っては学テ訴訟、教科書裁判など枚挙にいとまがなく、法廷闘争は教員組合の最も重視する戦術である。
学校を支配する法律第一主義、最後の決着を裁判所に仰ごうとするこの傾向は今後ますます顕著になると予想されるが、そこにはいろいろな問題が含まれている。」
※根本的に新堀には教育界における法運用に対する不信があるといえる。それこそ日本的である可能性についてはどう考えるのか。また、本当に学校を訴えないという動きが過去の普遍的現象だったと言っていいのか?例えばこの様な過去の記述をどう考えるのか?
 「けれども中には随分困つた代物もないではない。学校長や教員をまるで自分の家の雇傭人同様に、月給を拂つて使つてゐる位に考へてゐる、市町村理事者や父兄、有志の一言一句に左右せられることが多い、時には非常な無理難題を持掛けられて学校長を進退極まる苦境に立たせる事も珍しくはない。」(水木梢「校長学」1922,p136-137)
また、学校に通わせる事自体を潔しとしない農村の父兄の多さがったことも忘れてはならない。新堀の言説もまた当時の「過去を忘却した」教育言説の追随に過ぎない。

P69「国家悪、権力悪を支持する理論や事実はいくらでもあるし、わが国には判官びいき、自虐精神が強いので、敗れた側が「弱者」である場合は、マスコミをはじめ多くの人びとがいっせいに同情し声援する。政府、裁判所、総理など「強者」に対する批判や嘲笑は公然と行われ歓迎されるが、もともと「弱者」である者が裁判で敗れるなら、彼らは「弱者」の上に「敗者」となるのだから、いっそうの同情と声援を受け、悲劇のヒーロー扱いさえされる。」
※「わが国」の特徴の根拠は??
P70「法律優先のもとでの告発頻発風潮がもたすづ第二の問題は人間不信だ。この風潮が強い米国では子どもが親を訴え、教師が生徒を告発する例もまれではない。最も人格的な相互関係をもっているはずの親子師弟の間でさえ、いつ訴えられるか分からないとなると、人びとは安心してつき合うわけにはいかなくなる。
事あるごとに裁判沙汰になる米国では、弁護士は最も繁昌する職業であり、依頼主の弁護に失敗した弁護士を依頼主が契約違反のかどで訴えるので、弁護士の弁護を専門にする弁護士もいるし、弁護の不成功の損害賠償請求をそなえて保険をかけねばならないという。」
※意識調査では信頼関係はアメリカの方が強いという結果がある。しかし他方でこれは確実に法の遵守を強化する方向に作用しているのは事実だろう。
P72「法律第一主義、告発頻発がもたらす以上のような影響について、教育関係者は真剣に考えてみる必要があろう。」
※結局いいだけ批判しておいて結論はこのような精神論しか唱えないのである!!

P94「今日、教育環境が悪化しつつあるのは、誰ひとり否定し得ない世論である。またその世論を裏付ける事実はいくらでもあり、それを立証する調査や統計のたぐいも枚挙にいとまがない。……
環境は大きく自然環境と社会環境とに分けられるが、自然環境でいえばその破壊や汚染が著しく、子どもは自然を観察し自然と交流し、自然の中でのびのびと身心を鍛えるなどということができなくなった。社会環境はといえば、都市部では過密、公害、騒音、危険、誘惑が充満し、子どもが安心して遊べる場所一つない。人間だけは多いが、人びとは孤独で多忙で、自分のことを考えるだけで精一杯だ。住民の連帯意識、地域の教育的統制力は失われてしまった。農村部では逆に過疎に悩み、子どもの数は少ない。モーラリゼーション、マスコミの発達、経済水準の向上は都市的なものの考え方、自分中心主義、物質主義、享楽主義などを農村にも持ち込み、子どもは伝承文化、手づくりの遊びを失っている。」
p95-96「今日の子どもに落ちこぼれ、非行、いじめ、学校ぎらい、勉強ぎらいなど多くの病理現象が生まれていること、それでなくても一般に耐性、バイタリティ、創造性、自主性、社会性、責任感、体力の低下など、これまた数え上げればきりがないほどの欠陥が生まれつつあることは、一致した世論となっているが、それは一にかかって広狭両義の教育環境が悪化したためだと解釈される。
※これは是非とも検証してもらいたい。これに対しては「こうした考え方(※環境悪化論と呼んでいる)が果たして完全に正しいかどうかには疑問がある」とする(p96)。

P97「環境は一方的に子どもに影響するわけではなく、子どもは環境に対して働きかけ環境を内から改善する力をもっているはずなのである。環境と子どもとのこうした相互作用の存在、子どもを環境の構成要素と考えることを、今日の環境決定論は忘れている。」
※実はここでは環境悪化論を否定しているのではなく、環境悪化に子どもが直接影響を受けるという環境決定論のみが批判されている。つまり社会的事実の方は否定していないのである。
P98「子どもといえども環境に対して全く無力、受身であるわけではない。逆境にせよ順境にせよ、これをどう生かすかは子ども次第だといってよい。
それは客観的な環境より主観的な環境——つまり環境を主体がいかに眺めるか、が重要だということを意味する。今日、学問の世界で現象学や解釈学が盛んだが、その理論を環境に当てはめれば、環境の主観的解釈、環境のもつ意味、環境との関係を重視することを主張している。……この心のもちよう、環境の見方、眺め方を作り出すのが教育だとすれば、教育の受け手である子どもは環境に対して無力ではない。環境がよくならない限り、子どもはよくならないというのでは、教育や子どもに独自の力はないことになってしまう。」
※「教育」という名の精神論が色濃く反映されている。
P98「今日の教育環境が悪化しつつあるのは確かだが、それがどうしようもないほど悪化一色と見ることは適当ではない。たとえ客観的に悪化しているにせよ、その悪環境をプラスに解釈し転化することは今述べた通り可能である。」
P99「何よりもまず、教育環境が悪化しているという認識、すなわち環境悪化論が広く行われて、この悪化を防ぎ環境を改善しなくてはならぬと広く考えられている。そのこと自体、今日の教育環境が完全にわるくはない証拠だ。環境が悪化しつつあるにもかかわらず、それに気づかず、それを放置している時こそ、環境は悪化の極にある。
自然環境の破壊、自然との接触の不足が問題とされて、環境庁が設置され、自然保護団体が生まれる。子どものためには少年自然の家、野外活動センター、子ども広場が設けられる。社会環境の悪化に対しては子どもを守る運動、子ども会活動、校外補導などが活発となる。
環境悪化に対する対策だけではない。以前と比べて諸外国と比べても、恵まれていると考えられる環境が数多く指摘できる。勉強したくても学校に行けなかった時代を考えれば、今日の子どもがいかに恵まれた教育環境にあるかは明らかだ。教科書、黒板、鉛筆にもこと欠く途上国の学校とくらべるなら、今日の日本の学校環境ははるかに恵まれている。環境悪化論だけでは律し切れない。悪化に気づかずこれを改めようとしないことが問題であるのと同じように、恵まれた環境に気づかずこれに感謝し、これを活用しない教育にも問題がある。」
※教育悪化論はそのものが褒められたものではないと思うが…ここではどちらかといえば賛美している。そして教育悪化論が本当に改善を図った議論なのかも極めて微妙である。そして、新たな活動はそれ自体相対的に見れば良いと言っている訳でもない。事実の検討ではなく、価値のぶつかり合いの問題にしてしまっているのである。

P105-106「例えば、社会や環境の側には学歴主義、入試制度、遊び場の不足、俗悪なテレビ番組といった数多くの問題状況が存在して、教育や子どもに悪影響を与えていることは客観的事実である。」
※ここでの問題は過去の事実に全く目を向けない点、これに尽きる。比較されるのはあくまで現在の事実(と思われているもの)の良い点と悪い点の比較である。

P117「さらに第三の問題は義務教育がいわゆる「親方日の丸」的体質をもつということである。義務教育は無償の原則からいっても平等の原則からいっても、その圧倒的部分を公立の学校が担っている。すべての国民に平等に教育の機会を保障することが国家の義務になれば、義務教育は国家がある限り永続する。ところがこの「親方日の丸」的性格のため義務教育には危機意識、競争原理、サービス精神、自助努力などが希薄となり、マンネリズムや甘えが成長する。こうした状況が循環的に義務教育への反発を増幅するのである。」
※親方日の丸言説をここで使うのは適切なのかどうか。全く関係ないのではなかろうか?

P122「産業構造の転換、競争の激化は働く人びとにも能力の開発や意識の改革などを要求する。ありきたりの慣行や上からの命令に従っておけば終身雇用、年功序列で生涯安泰だといった状況は消え失せ、創造性、研究心、積極性が求められ、次つぎに導入される技術を習得し、刻々と変化増大する情報を判断し処理する能力が求められる。転職、転業、配転、海外勤務なども頻繁となるにちがいない。こうしたきびしい状況が要求し、またそれに適応するために必要となるのが、生涯学習なのである。」
P123-124「このきびしさの中ではハードな生涯学習が必要不可欠となるが、きびしさの認識は自己へのきびしさを要求する。ところがゆたかさに馴れ甘やかされつづけた人びとはこの要求を回避しようとし、きびしさを認めたがらない。今までは何とかなってきたのだから、これからも何とかなるだろう、自分がやらなくても、他人や国が何とかしてくれるだろうという、一種の無責任な楽天主義にしがみつこうとする。そのため生涯学習といっても自己へのきびしさを基礎とするハードな生涯学習という視点は歓迎されない。きびしさへの対応を誤るなら、ゆたかさも失われ、ゆたかさの中でのソフトな生涯学習など、のん気なことはいっていられなくなる。」
※「もっと真剣でせっぱつまった、かたいハードな生涯学習」(p122)という表現もあるが、要は「ゆたかさの中での、のんびりムードに包まれた、いわば柔らかい、ソフトな生涯学習」(p122)の反対を言いたいだけである。

P127「生涯教育の名のもとに学校外の教育が重視され発達するにつれて、学校による教育の独占はくずれ、学校教師は学校外の教育指導者と比較されるようになる。早い話、学校教師は子供から塾の先生やスポーツ教室のリーダーやテレビの出演者と比較され、その力量を評価されるようになっている。
このように、生涯教育は、教育の責任と権威の分散や拡散をもたらすので、生涯学習体系の実現は決して容易ではない。同時にそれは教育専門家に対する大いなる挑戦でもある。」
※この関係性は明らかに擬似的であり、むしろ逆の関係性である。むしろ教育不信から生涯教育の考えが推されたとみるべきでは。
P132「人間評価という日本語は外国語でどう訳せばよいか。人間評価の定義は何か。ここには日本の教育に顕著な一種の情緒主義、感傷主義とでもいったものが潜在しているように思われる。恐らく人間評価とは一方では、能力、学力、成績その他、人間の部分的な評価ではなく、全体としての人間、全人、人格、人物の評価を意味するし、他方では人間的、あるいは人情的な評価を意味するのであろう。そしてそこには、人間は部分によってひょうかされるべきではなく、数量化、序列化、比較が不可能かつ不適当な存在であること、したがって特に人間を低く評価するなど、人間評価にあるべからざることだ、という暗黙の合意がある。
もっと極端にいえば、人間評価という概念は一種の自己矛盾を含んでいる。人間の部分的評価は可能かもしれないが不当であり、人間の全体的評価は適当かもしれないが不可能である。いや全体的評価にしても、すべての人間が平等な価値をもっている以上、上下優劣の評価をすることは非人間的である。評価基準の適用を許さない評価はあり得ないから、人間評価自体が不可能となる。」
※前段は極めて疑わしい。学生運動の激しさなどは日本は海外の比ではないように思えるが。そして人間評価などという単語自体ほとんど日本語としても使われていないだろう…後段はその通りだろう。
P133「日本人は一方では評価を愛用するが、他方では評価を拒否する。ホンネやウラでは評価が横行するが、タテマエやオモテでは評価は拒否され否定される。仲間うちでの公然たる評価はもちつ、もたれつ、甘えと和を特徴とする日本では歓迎されない。……日本特有の集団主義や平等主義が評価拒否の風土を生む。
ところが他方、日本人は評価、中でも序列付けを好む。後発国として「追いつき追いこせ」をスローガンに出発した日本は、モデルでありライバルであった先進国からの評価をたえず気にしてきた。国内でも人口過密で生存競争の激しい日本、周囲の評判、世間の目を気にし、かげ口、うわさ話の好きな日本人は、自分が他からどう評価されているか、他人は自分より上か下かなどということに極めて神経過激である。自分の属する国、組織、地域、職業などの評価や順位が気になって仕方がない。公然たる評価は拒否しながら、カゲやホンネでは広く評価が行われる。」

p139「学歴による人間評価の特徴としては、上に述べたように個人の一部の属性たる学歴によって当人の全体を評価するという領域的拡散性、人生の一時期に獲得された学歴が生涯を通じて評価基準になるという時間的拡散性に加えて、学歴が個人の評価基準だけでなく、その属する集団や組織の評価基準になるという社会的拡散性が指摘できる。これは集団主義的な日本において顕著である。」
p140「「真の」学力、能力、実力、人物、将来性まですべてを判定できるようなテストが生まれたとするなら、そしてそのテストにすべての人が平等に参加できるようになるなら、そのテストによって低く判定された者には希望も自信もなくなってしまうであろう。学歴による人間評価は不完全であり不合理であるからこそ、人びとに絶望を与えずに済むのだといえるのかもしれない。」
※マイケルヤングを想起したのだろうが、さてこの言い分に何の意味が?結局学歴否定じゃないのか?
P143「事実、一方ではあらゆる差別を否定する平等主義が、他方では個人間、企業間、国家間の激烈な競争を要請する実力主義が、学歴による差別的な給与体系や地位昇進体系を崩壊させつつあるから、顕在的、制度的な学歴主義の衰退を証明することは容易である。公然たるビジブルな学歴主義の衰退にもかかわらず、証拠もつかみにくく攻撃もしにくいインビジブルな学歴主義は依然として(いや、かえってますます)健在であるかもしれない。学歴社会の虚像が主張され、学歴主義への批判が盛んであるにもかかわらず、学歴信仰が広範な人びとの内なる意識に根を張っているのはそのためであろう。」
P144「以上のような学歴の潜在的機能、ウラの学歴主義の強力さは日本的特徴と考えられるが、学歴研究に当たってはこうした日本的特徴に着目することが必要かつ有効であろう。……しかし(※後発効果、官僚制が近代の特徴とするにせよ)例えば家族自体が一つのミニ学歴社会になっているという現象は恐らく日本に特有である。子どもの学歴はその子ども個人の問題というより家族全体の問題であり、家族は子どもの学歴のためにすべてを犠牲にし、受験生たる子どもは一家の主人公となる。……家族とはプライベートな社会だから、それだけウラの学歴主義や学歴意識のホンネをさぐるのに便利であろう。」
※「親の子への犠牲心は日本よりアメリカの方が強い」ことをどう見るか。

P144-145「客観的には同じ日本の社会が、見方や立場によって、全く相反するように解釈され、認識されていることになる。つまり学歴社会のついての、パーセプション・ギャップ(認識のずれ)が存在する。だが、学歴社会論がこれだけ盛んだという事実自体、学歴が日本人の間に、強く意識されていることの証拠であり、その意味で日本は少なくとも意識の面で、学歴社会だといってよい。」
P145「エリートは、企業や政府などのトップを占め、公的な責任をもつと同時に、広い監視の目にさらされているので、だれからも非難されないタテマエや、大衆の支持を受けやすいコトバを口にせざるを得ないが、それには学歴社会など実際には存在しないといっておくのが無難である。」
※学歴社会論は、学歴の不当利益と見る立場とそうでない立場で主張が異なるように思う。
P147「また同じキー・ポジション(※トップの中のトップ)といっても、生存競争が激しい経済界や政界と、「親方日の丸」的な官界や学会とでは、学歴の効果は異なる。しかしいずれの場合も、不利な学歴をもった者は一般に教養の低さ、友人の少なさなどのため、「成り上がり者」的、「なぐり込み」式のあくどいやり方に訴えなければ、キー・ポジションに到達することが難しい。」
P151「以上は学歴研究の今後の課題の若干である。それは今後の課題であるから、ほとんど実証的な研究もないし証明されてもおらず、単なる仮説の提示にとどまる。しかし以上、三つの視点が学歴研究に新しい分野を開くように思う。」
※p141-151までの内容を総括した内容であるが、実際のところ何が課題で何が定めた事項なのか、定かではない。それは日本人論にまで及ぶのだろうか?恐らく、新堀はそうは考えていないように思う。この曖昧さは「理念型」という言葉で逃げを決め込もうとする論者全てに問われる論点である。

P155「ある人びとは、いじめは昔から存在した現象であり、なぜ、いじめが突然急に取り上げられ、注目されるようになったかといえば、いじめが原因で自殺や家出などのショッキングな出来事が起きたからだという。そうだとすれば、いじめもっと前から注目され、論じられ、対策を立てておくべきものであったのに、ショッキングな事件が起きるまでいじめを放置し、注意しなかった教師や教育研究者の怠慢や無能が責められてしかるべきである。」
※なぜ問題を解決しないのかだけでなく、なぜ解決できないのかという問いも必要である。新堀は決まって専門職批判をする。
P156「同じように、いじめは以前にも今と同様に存在したが、いじめとは認められず、単なるいたずらやけんかとして軽く扱われていたのかもしれない。多くの現象がいじめと認められるようになったので、いじめが増えたかのごとき観を呈するのかもしれない。ちょっとした体の不調も病気と認定され、すぐに病院に駆け込む患者が増えるように、いじめ論の隆盛のためにいじめが増える。……それは、病人が増えるから医学が発達するのではなく、医学が発達するから病人が増えるのと同じである。」
P157-158「(※教育論議として)論じられている間は、あたかもそれが唯一最大の問題であるかの如くだが、実はそれ以外にも重大な問題が数多く存在し、潜在することに気づかれていない。
こうしていじめ論の流行は、人びとの目をいじめだけに向けさせる恐れがある。」
※「気づかれていない」とは誰のことを想定しているのだろう。新堀はそれを教育専門家に向けたいようだが…いじめ以外の問題に目を向けようとしない現場などが一体どこにあるというのか?そのこと自体は実証的に語られることはない。結局、「社会問題」というフレームで語られていることにしか目を向けていない。それを超えて想像されるものがあるにせよその範囲はご都合主義的である。

P159「子どものいっさいの言動を知りつくし、いじめ事件を未然に防止しなければ、管理責任を追及されるのだから、学校も教師も一刻の油断もできない。子どもは授業中はもちろん、休み時間も放課後も教師の監視下に置かれる。こうして教師は、子どもの間にいじめが起きないか、「いじめ事件」を親やマスコミから摘発されないかと戦々恐々となるし、子どもは教師からたえず監視され、注意されつづけるので、教師も子どもも息のつまりそうな生活を送ることになる。のびのびとした雰囲気がかえって失われ、びくびく、おどおどした「いじけ」が支配する。
子をもつ親の心配は、さらに大きい。これだけいじめの多発と深刻化を報道するニュースが溢れると、どんな親も、わが子がいじめられるのではないか、いじめっ子になるのではないかと、片時も安心してはいられない。……こうしたニュースに接しつづける親にしてみれば、安心して子どもが学校にやるわけにはいかない。親もまた神経過敏になって、わが子の言動を細かく見守り、ちょっとしたことでも、いじめではないかと疑うようになる。わが子の友達も学校の先生も信用できず、すぐに友達の親や受けもちの教師に抗議を申し込む。」
※これを「一種の管理主義」と揶揄するのだが(p158)、ならどうしろというのか?ここでも教師の専門性の問いが出てくるはずだが…ただただ「萎縮、遠慮」「子どもの生活や学校から生気や活力を奪い去る恐れがある」などというだけである(p160)。
P160-161「教師(あるいは、その背後にある学校や教育のシステム)から子どもへのいじめとして、例えば体罰、校則、テスト、成績、管理主義、偏差値体制などが取り上げられるのである。
その議論に従えば、こうした教師個人の行動や評価、あるいは学校や社会の仕組みが子どもをいじめているのであり、その重圧や抑圧に耐え切れない子どもが、その劣等感や屈辱感のはけ口を、もっと弱い仲間へのいじめに求め、見出しているということになる。」
※いじめ論の定義については加害者と被害者が存在することを想定するのみである(p160)。言い換えれば、教育の場で加害者と被害者と呼べるものはすべて「いじめ」とここではカテゴライズしている。もっとも、この立場はすでに存在する説と位置付けているが(cf.p161)。
p162-163「たった一人の教師が数十人の子どもを静かにさせ、話を聞かせるだけでも、どんなに困難かは明らかだ。それは、子どもから教師へのいじめだといってよいが、教師はメンツにかけても子どもからいじめられたとは公言しようとしない。
かつて子どもにとって学校は、年少労働から解放してくれるところ、好学心を満たしてくれるところ、世の中で活躍するための実力を与えてくれるところであり、野心と能力のある青少年はおやにたのみこみ、苦学をしながら学校に行った。彼らにとって、学校は有難いところであり、教師は尊敬の対象であった。学校が義務化、準義務化されていなかった時代、勉強についていけなければ、容赦なく退学や落第が待ち受けていた。」
※退学の話は何を想定しているのか??

P164「教師から教師へのこのいじめは、二重の意味で、子どものいじめの解消を妨げる。第一に、いじめに限らず、子どもの指導、特に生活指導にとって重要なのは、教師集団の一致協力だが、教師相互の間にいじめが存在することは、この一致協力が欠けていることを証明する。」
※また価値観の押し付けをしている。
P165「いじめはオモテではなくウラで行われるから、オモテにおける「強者」がウラにおいては「弱者」となる可能性がある。オモテで「弱者」扱いされた者が、その仕返し、ふくしゅうとして、オモテでも「強者」をウラでいじめることがあるし、「強者」を「弱者」の水準にまで引きずりおろして、集団の統一をはかろうとすることがある。
この種のいじめにが、「出る杭を打ち」「人の足を引っぱり」「下へならえ」を強要する日本的集団主義や平等主義がその底流にあるように思われる。」
p166「唐突な例だが、日本はその勤勉や貯蓄、質の高い製品によって黒字国になった。われわれ日本人からすれば、「どこが悪い」と反駁したくなるが、その日本が世界から袋だたきに遭って非難され、攻撃され、何かと世界からいじめられつづけている。……いじめには主観や解釈のくいちがいがあるだけに、その定義は困難である。いじめる側がいじめること自体に快感を見出し、いじめられる側に出口や解決がないことが、恐らくいじめの本質であろう。」
※なぜ困難なのか?新堀の定義はあまりにも素朴であるのに、その定義が採用されないのはなぜなのだろうか?
P167「けんかやがき大将といった子どもの世界に特有な現象が最近、めっきり見られなくなった。それだけ子どもから子どもらしさがなくなり、子どもがませた小型のおとななったといえるかもしれない。」
※そして子ども論が持ち出される。
P168「かつて家庭には兄弟が多かったため、けんかのたびに親が出ていかなくても、弟たちのけんかの度が過ぎれば絶対的な力をもつ兄は審判官や仲裁者の役を買って出たり、姉がけんかに負けて泣き出した妹を慰めたりして、けんかを丸く収めた。いや、そもそも同じ兄弟同士、同じ家に住む家族同士なのだから、共通の心の結びつきがあり、けんかをしたところで、すぐけろっと仲直りして遊び合った。取っ組み合いの中に泣き笑いのスキンシップがあった。
今やこうした光景は消え失せた。一人か二人のわが子に「教育ママ」がたえず目を光らせ、兄弟げんかが起こる気配でもあるとすぐにかけつけて止めさせる。ほしがるものは何でも買ってやるし、おやつは山ほど与えるので、おもちゃや食べものの取り合いなどといった兄弟げんかきっかけも少ない。」
※典型的な懐古厨。

P168-169「こうして家庭から兄弟げんかが消失したが、地域社会や近隣社会での子ども同士のけんかもなくなった。かつて路地裏や野原は子どものけんかの舞台、がき大将の活躍の場だったが、今や子どもがのびのびと行動できるそうした空間はなくなった。いや第一、今日の子どもは家庭と学校(およびその代用としての塾)を往復するだけで、地域社会や近隣社会での生活を欠いているのだ。」
※ガキ大将の美化言説。
P169-171「だが実は、けんかといじめとは基本的に異なる。第一にけんかは勝敗を争うので、相手が降参したり泣いたりして勝敗がはっきりするけんかは終結する。勝負がつかずに引分けとなったり、仲裁が入ったりして終結することもある。いずれにしてもけんかは短時間の現象で後くされがなく、けんかが終わると仲直りする。これに対していじめは勝敗という結果ではなく、残忍な過程そのものを目指している。いじめに伴う残忍、相手の苦痛自体が快をもたらすので終わりがない。
それとも関係するが、第二にけんかは勝敗を争うのだから、最初から勝敗優劣が自他ともに明白な場合には起こらないのに対し、いじめはむしろ勝敗が明白な場合に起きる。弱い者を相手にけんかをしても始まらないし、弱い者はもともと強い者にむかってけんかをしようともしないが、いじめは抵抗不能と分かっていている者を相手にする。けんかは原則として一人対一人の形で行われるのに対し、いじめが多数対一人の形で起きるのもそのためだ。……
第三にけんかには一種のけじめ、ルールがあるのに対し、いじめにはそれがない。卑怯なことはしない、降参すれば許してやる、飛び道具などは使わない、などというルールがそれだ。生存競争下にある動物は自らの縄張りを侵した外敵を力で排除しようとし、獲物を独占してけんかするが、相手が尻尾を巻いて立ち去れば、それ以上深追いしない。そこには相手に対する一種の思いやりがある。同じことが子どものけんかにも当てはまる。
第四にけんかは堂々、公然と行われ陽性だが、いじめは陰でねちねちと行われ陰湿である。家庭や学校でおとなの全面的監視下に置かれ、子どもだけの世界や生活を公認されなくなったため、公然たるけんかが追放された結果、それに代わっておとなの目の届かぬ陰の世界にいじめが出現したのだと解することができる。おとなの基準で勝敗優劣をすべて決められる子どもの悲痛な叫びがいじめになって表れている。」
※何と先程述べていたいじめの話からすでに逸脱している!!本書が別々の論考によるものだからと言ってしまえばそれまでだが、それ程言葉も用法を意識していない、というのは紛れもない事実。そして、これが先の「いじめの定義が難しい」ことと関連しているとすればどうだろう?結局定義をしようとする者さえも定義から簡単に逸脱するような議論を展開している可能性がある、ということ。
また全体的にけんかの方を過大評価している点も懐古厨らしい態度である。ルールなどないからかつてはけんかを理由に子どもが死んでいるが、それをどう説明するのか(cf.「少年犯罪データベース」)。更に「けんかからいじめへ」の物語もそう簡単な議論にはならないだろう。これはけんかの賛美が誤りであることから導き出せる結論。

P173「ものはあり余るほど増えたが、それに反比例して、心はますます貧しくなった。経済的なゆとりの増大とうらはらに、精神的なゆとりが失P173「ものはあり余るほど増えたが、それに反比例して、心はますます貧しくなった。経済的なゆとりの増大とうらはらに、精神的なゆとりが失われた。経済の高度成長に伴って、公害、自然破壊、環境汚染などのひずみだけではなく、人びとがかつてもっていた人情、勤勉、自己犠牲、責任感などの徳の喪失がもたらされた。失われたものに対する郷愁念は、特に古い時代に育ったおとなに大きい。
……彼らには先の例でいえば人情、勤勉、自己犠牲、責任感などの徳を信奉して、それを成し遂げたのだという自信と自負がある。その自信と自負を基礎にして「今どきの若い者」を見ると、そうした徳を全く忘れて自分中心主義、享楽主義、物質万能主義に走ってしまっている。慨嘆に耐えないとともに、若い者を叱りつけたい気持ちが湧いてくる。
ところが、「若い者をこんな状態にしたのは誰か」と古い世代がその得意とする責任感や人情を働かせて反省してみると、その責任は自分たちにあると考えざるを得ない。身を粉にし、わき目もふらずに働いて、日本をここまで繁栄させてきたために、こんな若い者をつくり上げてしまったのだ。」
p175「今の子どもの「ないないづくし」のリストを作ろうとすれば、それこそ際限がない。自立心がない、耐性がない、社会性がない、思いやりがない、勉強しない、本をよまない、創造力がない、個性がない、体力がない、学力がない、等々。そして、このリストの重要な一項目として「遊ばない」が加わる。
実際、今の子どもは遊ばないというのは、ほとんど一致した世論であり実感であろう。一昔前、特に人口の都市集中や進学率の上昇が顕著になった昭和三十五年あたり以前と比べれば、子どもたちが日の暮れるのも忘れ、泥んこになって遊ぶといった光景は、全く見られなくなった。」
p175-176「子どもは遊びを通して創造力や耐性や自立心や体力や社会性を養う。例えば縄跳びをやる前に、新しい遊び方を工夫するし、順番を守ったり役割を分担したりという社会生活のルールを学ぶ。体力も鍛えられるだろうし、失敗を乗り越えて努力する態度も養われるだろう。何より大事なのは、遊びは自発的な活動だから、子どもの自発性や個性や積極性を養うのに適しているということである。子どもは、遊びながら、遊びを通して、このように最も重要な能力や態度を学びとっている。その子どもから遊びを奪い、子どもが遊ばなくなっているとすれば、ゆゆしき問題だといわねばならない。
このようにおとなは、遊ばない今の子どもを眺めて、あるいは郷愁から、あるいは教育的見地から慨嘆する。その一方、この遊ばない子どもをつくり上げたのは他ならぬ自分たちおとなだと反省し、子どもは遊ばないのではなく、遊べないのだと自責する。」
※「このため子どもは遊ぶよう、遊べるよう、手厚く保護され奨励される。」「その結果、子どもの遊びの不在と奨励とが現代の特徴となる。」ことで遊びが自発性を失い、遊びが自然性を失う矛盾があるという(p176)。遊びにおいてまで「おとなに依存し管理される」ことで「遊びの教育的意義の大半は失われてしまう」(p177)。

☆p181-182「第二に、今の子どもは遊ばないとか遊べないといっても、すでに述べた通り、おとなが勝手に立てた基準、特に郷愁に基づいて判断していることが多い。例えばパソコンゲームなどは、小さい子どもの間にまで大流行しており、ゲームのソフトを考え出して大もうけした中学生もいるという。おとなは機械オンチ、コンピュータぎらいも多く、そんな子どもを見ると、羨望と同時に脅威を覚える。そして、もっと「子どもらしい」遊びの方が大事だと主張する。
恐らく今のおとなが望ましいと考える遊びとは、個人遊びではなく集団遊び、機械を使っての遊びではなく手作りの遊び、きれいな遊びではなく泥んこ遊び、ナウい遊びではなく伝承的な遊び、頭を使う遊びではなく体を使う遊び、室内での遊びではなく戸外の遊びである。それぞれの対のうち、後者が大事なことはいうまでもないが、それだからといって、前者が望ましくないと決めつけることはできない。パソコンゲームは前者の代表だが、これからの社会ではコンピュータ・リテラシーが大事な資質となる。今の子どもはパソコンゲームを通してコンピュータを学び、コンピュータ社会で生きていく力を得ている。全人教育というが、遊びについても、あれかこれかと考えるのではなく、あれもこれもと考えることが望ましい。」
※一見不可解な主張にも見えるが、結局「子どもが遊ばない」という「事実」に対しては新堀は前提として認めており、そこからどうするかという際のおとなの「価値観」に対して批判をしているということであろう。しかし、その「郷愁」が「事実」にまで侵食する可能性をなぜ考えないのか。また、最後の主張もこれまでの新堀の批判をなかったことにしかねない論点がある。それこそこの再批判はパソコンに対して受動的でしかないという批判しか生まないように思えるし、そうでないとするなら、新堀のいう「主体性」とはなんのことを言っているのか掘り下げねば、その批判の意味が無意味になる。このような擁護の仕方になる理由もまた不可解である。この態度こそが「社会問題に毒されすぎて」いるために社会問題として批判が挙がることに対しても根拠なき再批判を加える態度になっていないか、と思ってしまう点である。
P182「第三に遊びの禁止についていうと、子どもの発達段階、年齢区分による差があまりに激しすぎるという問題がある。この傾向は先に述べた教育ママ的な家庭に顕著だが、学校をも含んで一般に広く認められるものである。
学校での成績、勉強、進学などが気になり出すまでは(一般的にいえば小学校低学年まで)十分遊ばせるが、上級学校入試が近づき、受験準備に没頭しなければならぬと考えられるようになると(一般的には小学校低学年高学年から中学・高校まで)、勉強が強制され、遊びは目の敵とされて追放、禁止の憂き目に遭う。そしていったん、大学に入学し、受験勉強から解放されると、再び一転して遊びが精一杯許容される。」
※新堀はそういう話をしていたのではないと思うが…そもそも昔の子どもは小学校は四年までしか義務となってなかった訳で、それ以後は労働の世界にいたはず。義務教育段階以後の子どもは遊ぶ権利があったかどうか議論すべきところではないのか。

P187「ある人びとは今日の子どもには忍耐心がない、犠牲的精神、公共心、服従心が欠けていると嘆く。たしかにその通りだが、それだからといって、あらゆる不正や不合理を耐え忍び、「公共」「公益」のためといわれればどんな命令にも服従すべきだと考える心を育ててはならない。寛容の心、思いやりの気持ち、助け合いの精神もたしかに美しい。だがそれが一面的に解されて、何でも許し、救いの手を差し伸べて仲間の自助や自立の芽を刈りとってしまうなら、かえって仲間のためにもならない。」
※バランスをとろうとしているのだろうが、新堀の言説そのものにそのバランスが取れているとは言い難い。
P188「逆に普通望ましからぬとされて不人気な心にも、見直されるべき価値が潜在する場合がある。例えば野心や立身出世主義、猜疑心や復讐心。今日、入試競争の激化に伴って子どもの目が血走り、心のゆとりやゆたかさが失われたため、競争心、成功欲はすべて悪であるとされ、特に成績のよい子どもはすべて野心や立身出世主義のかたまりであるかの如く見なされる傾向がある。彼らはエリート主義を奉じ、エリートの卵だとされて肩身の狭い思いを抱かされる場合さえある。
しかし野心や立身出世主義自体を悪だと決めつけるのは早急であろう。他人や社会を踏み台にして自己の野心を実現し立身出世しようとする利己的な気持ちが伴う場合とか、成功という目的のためには手段を選ばず、人格的にいびつな人間になってしまう場合とかに、野心や立身出世主義は否定さるべきであって、よい成績をとり希望する学校に入ろうとすること自体が悪いわけではない。その証拠に、教師は学力の低い子ども対し、もっと高い学力を身につけ進学したいという野心を抱かせようと努力する。実際、今日の子どもに欠けているのは崇高な野心(これを理想という)である。多くの凡人は野心をもつことによって張り切った生活を送り生きがいと努力をかんじる。それなのに今日、本来、理想主義的であるはずの青少年に、その日暮らしの刹那主義やニヒルシニシズムが支配している。向上心が野心や立身出世主義から成長することはまれではない。猜疑心は批判的精神や探究心と紙一重であり、復讐心は失敗にめげず困難に再挑戦するたくましい心に連なる場合がある。」
※具体的に好転させるための方法についての言及はあるのかと言われれば、この後の精神論の言及しかない。
P190「心を育てる教育にとっては、心に訴える教育、心を動かす教育、心と心の交流が極めて有効である。規則、マンネリズム形式主義、事なかれ主義が支配するところでは、人間的な心は育たない。今日の教育や授業には感動や感激といった場面が乏しい。……子どもの心を育てようと思えば、教師や親もまず自分の心を育てなくてはならない。
失われた心を回復するための教育そのもの、教育を行う教師自身の心に欠けているものがある。……よそよそしい表面的なつき合いの中で、子どもの「心理」は分かっても子どもの「心」は分からない。〈心の教育〉より前に〈教育の心〉が失われているのだ。」
※「いくら全人教育や人間尊重を口先で説き、いくら情操教育や道徳教育の時間を増やし、いくらカウンセリングや生徒指導の組織を拡充したときろで、子どもの心に訴えかけ、子どもの心をゆり動かすことに失敗するなら「仏作って魂入れず」である。実際、今日の学校はしうした感動の重要性を忘れ、感動の教育をおろそかにしているのではないか。」(p191)結局精神論である。

P192-193「社会教育でも講演会への「動員」「駆り出し」はあるべからざる邪道とされているが、半強制的に出席させられた人たちが講演をきいてから、「来てよかった」「心が洗われた」などの感想をもつことが少なくない。いやいやながらやり始めた仕事が、やっている間に面白くなってくるという現象を「動機の機能的自律」と称するが、受動から能動へ、強制から自発へというメカニズムを考えるなら、受け身の学習を頭から否定するわけにはいかない。
もう一つ、感動の教育にとって大事なのは、孤独な学習の復活だ。社会性、助け合いなどが強調されるあまり、集団作業や集団学習だけが先行し、それが孤独や無限に耐える力を失わせてしまった。目が外に向くばかりで、内省、思索、沈潜など、自らを見つめる態度が育たない。
これでは人と人との関係さえ表面的、外面的なお祭りごっこ、仲よしごっこになってしまって、心から信頼でき話し合える仲間同士の人間関係から生まれる感動は得られない。」
p193「感動の教育にとって第三の視点は、「等身大の教育」「人間の顔をした教育」とでもいえるももの必要性だ。それは中でも社会科や道徳教育などに当てはまる。
教育課程があまりにも「科学的」「論理的」「体系的」になり過ぎて、社会の仕組みや概念は出てくるが、生きた個人が登場しない。……共感、尊敬、興奮などの感情は、固有名詞をもった人物や劇的な物語を知ることによって生まれるのが、特に子どもの場合、普通である。ところが、このような感動を呼び起こすに有利な教材はなくなって、抽象的な概念や無味乾燥な年号の羅列ばかりになるのだから、子どもは、これを敬遠するようになってしまうのだ。」
※「学習指導要領」とは結局何なのか、という問いに対する重要な見方。体系が整っていないとみるか、そもそもそのような「体系」など不要とみるのかで全然異なる結論となるはずだが、批判はそのどちらかも大いにある。

P200「個を通して普遍を語り、体験によって本質に迫るという、以上のような教育古典に共通の特徴自体に学ぶべき真実が秘められている。芸術は一般に具体的な個を通して普遍的な本質を実現し理解させる。個別的な人物や事件を通して、人間、人生、愛などの何たるやを明らかにする。ひとは往々にして抽象的な一般化に頼る哲学や美学の書物より、文学や音楽の作品に接することによってこそ、世界や美の本質を直感する。人生観、価値観、世界観などを形成し、心の奥深く訴えかけ反省や省察を迫り、生きる意志や喜びを生み出してくれるのは、難解でひからびた概念や灰色の理論ではなく、生きた個々の素材をもってあるがままの真実を鮮やかに描き出す芸術である。
教育が相手にするのはまさに個々の生きた人間であり、教育の基底にあるには個としての人間に対する愛であり関心である。教育とは、規格化と逆の営みである。工場での品質管理は規格通りの製品を作り出し選び出すことを目標とするが、教育は規格通りの人間をつくることではなく、個性を尊重し実現することを目指している。規格に合わない子どもこそ教師にとっては大事である。
自然科学は一般的、普遍的に妥当する法則を見出すことを目指しているが、教育は逆に個を理解し、個に妥当する働きかけを要求する。教育の本質を明らかにし、教育ヘの情熱を湧き立たせてくれる古典が、一般化された抽象的な理論書ではなく、教育小説や実践記録など、科学より芸術に近い形をとっていることは偶然ではない。」
※さて、これを行うのは教師なのか?もっと言ってしまえば、それが「生きたもの」になるかどうかはどこまでも主観論でしかないように思える。
P206「以上のような事実は、教育者とは永遠の理想、「青い鳥」を求めて遍歴する理想主義者、浪漫主義者であることを物語るのかもしれないし、人を教えるなどという大それた仕事を手がける自信は良心的な人間にはなかなか生まれないことを示しているのかもしれない。しかし人間の問題にせよ社会の問題にせよ、理想を求め解決を求めるなら最後に教育による他ないという真理を、彼らはその経歴により理論によって教えているのである。」
※ここで引き合いに出されるのは「過去の偉大な教育学者」と呼ばれる人々に他ならない。
P215「勤務評定の難しさもあり、平等の原則への要求もあり、「親方日の丸」の体質もあり、教師には年功序列制度、身分保障制度が徹底しており、どんな教師も勤務年数に対応して一律に昇給していく。」

P222「臨教審の自由化論議をまつまでもなく、今日、公立学校の「親方日の丸」的体質に対する批判や非難の声が高い。いや、それはむしろ公営事業一般に対する評価の一環だという方が正確であろう。独善、横柄、非能率、税金の無駄づかい、怠惰、マンネリ、お役所仕事などは、学校に限らず「親方日の丸」に与えられるもの世評である。」
※p215のテニュア制度ならわかるが、ここでの議論は親方日の丸的性質批判という言葉、「日本的性質」が批判されているという見方が正しいかは微妙。「「親方日の丸」的な体質や意識を打破すること、これが恐らく公立校の管理職の大きな課題であろう。」(p224)
P223「競争原理、創意工夫、自助努力などを欠いた「殿様商法」となって人びとの反感、反発を招くのも無理はない。「親方日の丸」の国鉄は私鉄に客を奪われ、郵便局は宅配便との競争に敗れた。こうして最近では電信電話、タバコ、国鉄などが民営に移管された。」
P226-227「教育のタテマエ支配と「親方日の丸」のタテマエ支配とがいっしょになるのが、公立の学校である。つまり学校の中でも公立の学校は特にタテマエ支配の傾向が強い。また公立の学校、中でも義務教育段階の小中では、子どもや親は学校や教師を選択するわけにはいかないので、多様な要求や期待が学校に投げかけられるし、公立であるため広い世間からの監視の目が注がれる。そのためにも学校は誰からもオモテ向き非難されないタテマエを掲げざるを得ない。」
※これが日本的というのはあまりにも誤りだろう。それに私立にはこれがあてはまらないことを前提にしている。
P227「タテマエのもとに私利が追求される「親方日の丸」の公立学校では、ホンネを出し合って教師と教師、校長と教員、教師の鬼、教師と生徒とがぶつかり合うという雰囲気が乏しい。一種のよそよそしさと同時に偽善が生まれやすい。思い切ったことを互いにいいにくいかと思うと、タテマエを掲げて有無をいわせぬ要求が出される。」
P228-229「公立学校は私学のように独立採算制をとった自立的組織ではない。人事にせよ予算にせよ、すべては教育委員会に握られており、その点ではまことに弱い立場にある。……自分の学校で個性的、独自な教育を行おうとしても教育委員会におうかがいを立てねばならないが、教育委員会はいっそう広範な監視の目にさらされており、法規や慣例に従っておけば安全という事なかれ主義を奉じがちである。こうして公立学校の自由裁量権は制限され、学校は教員を自由に選ぶことさえできない。」
※あたかも教育委員会があるから不自由、といわんばかりだが、具体的に考えれば必ずしもそうならないこともあるし、そのような観点で考察をしないと意味がない。新堀が行うのは「俗流」のぼんやりした教育批判をそのまま反映しているにすぎない。
P230「学校とは本来、明るく活力に満ちた場であるはずのものである。学校で多数派を占めるのは、若さにはちきれている子どもであり若者である。彼らは無限の将来をもち、希望に目を輝かせているはずである。その成長はおとなとは比べものにならないほど早く、一日一日と新しいことを学びとるのだから、生き生きとその生命を謳歌しているはずである。」
※その本来性はどこから?にもかかわらず「以上のようなことは今さら改めて説くまでもない自明当然のことである」と言い切る(p231)。

P236「学校はもっと新しいことに取り組み、個性的な教育を行うようにと日ごろ主張する世間もマスコミも一転して学校を攻撃する。こうした現実を自ら経験したり観察したりする学校、中でもその最終の責任者たる校長が保身のため消極的となる傾向が強くなる。いやこの傾向が学校といわず一般に官僚的組織、中でもお役所に見られることは、多くの研究が示しているところである。」
※具体的にその研究とは誰のものなのか教えて欲しいものである。「学術研究」として存在するかはかなり怪しい。
P245「戦前の師範教育が視野の狭い閉鎖的な教師をつくったという反省のもとに、戦後の教員育成はいわゆる開放制を採用して今日に至っている。ただその開放制のもとでも依然として視野の狭い、ひとりよがりの閉鎖的な教師が生まれているように思われる。いや開放制のもとで、教職を単なる生活の資と眺めるサラリーマン的教師が増え、教育一筋、使命感、責任感、教育愛に燃えた教師が減ったのではないか。師範学校の教育を貫いたのはまさにそうした教育者的な精神であったのに、戦後の開放制のもとでは、この精神に貫かれた教員養成がどこにも見当たらなくなった。」
※戦前の教育のよいところだけしか見ず、「悪かった所をどう取り除くか」という問いを立てることはないままに戦前の教育を支持する。これでは「意味がない」。なぜサラリーマン教師が悪いのか。熱意がないから。ではなぜ教師に熱意が求められるか?それ教育にとって必要だから。しかしそれは教師「のみ」が行わなければいけないものなのか??そして師範学校の「暴力性」について新堀はなぜ考察しないのか??
P245「自分の利益や権利しか考えず、自分の考えだけを絶対的に正しいとする独善的な人間とは、自分のカラの中に閉じこもって他からの批判や外への責任を忘れた人間であり、視野の狭い閉鎖的な人間に他ならない。自己反省を行うためにはそうした閉鎖性を打破することが必要である。」
※現状認識からそもそも誤りであろうが、サラリーマン教師のどこが問題なのか。なぜこうも教師聖職論にすがるのか。新堀がすがる理由の説明は簡単で、結局過去の教育論を聖典にしているからに他ならない。
P246「しかし教師はよほど自戒し自省しなければ、閉鎖的な職場での生活が閉鎖的な精神を生み出し、しかもそのことになかなか気づかない。」

新堀通也「「見て見ぬふり」の研究」(1987=1996) その1

 本書は「社会問題」を扱っている本であるが、同時に「日本人論」にも依拠している本である。私自身、教育の分野における日本人論の介入について考えるようになったのはここ1・2年程の話であるが、ある意味でここまで日本人論が自然に社会問題、そして教育論に溶け込んでいる本もあまりないと思う(もっとも、最近になってこのような読み方をするようになったからかもしれないが)。
 新堀の本書の態度について一言で述べれば「社会問題に毒された著書」とでもいうべきだろう。このような著書であるからこそ、新堀自身がどのような観点から問題を捉えているのかを分析してみることは意義のあることだと思い、今回レビュー対象とした。
 なお、頁数は新装版にあたる1996年のものとなるが、基本的にバラバラの論文によって構成された著書であり、全て80年代までのものが掲載されている。また、読書ノートについて分量オーバーのため別途掲載とする。


○「社会問題」を捉え損ねるとはいかなる意味なのか?
 新堀の考察を行う前に、まず『「社会問題」を捉え損ねる』とはいかなる意味を持って呼ぶことができるかについて考えてみたい。「日本人論」もまた「社会問題」の一つと位置付けることが可能であるため、合わせて検討していくことになるが、『「社会問題」を捉え損ねる』とは、「問題となっている事実と異なる解釈を行っている」場合に対してそう呼ぶことにする。例えば、社会問題の議論は特に社会病理を取り扱うことになるが、このような病理はごく一部の人や現象にしか当てはまらないにも関わらず、「普遍性」をもって語ろうとすること、つまり過剰解釈を行うことなどは、この『「社会問題」を捉え損ねる』ことに該当する。

 具体的に『「社会問題」を捉え損ねる』場合についてパターン分けをしてみた場合、次のような分け方が可能であるように思う。

1.現われている事実自体への誤認・所在の不明慮さ
2.因果関係について、関連性自体が認められない
3.「代表性」を満たしていない
4.「歴史性」を満たしていない

 まず1.についてだが、ここでいう社会問題を論じる者の「事実誤認」そのものについては厄介な論点もあるため今回は取り上げない。一方、「事実の所在の不明慮さ」とは、問題とされていることの出典がいつ・どこで示されたものなのかという点について示されていない場合を指すが、本書においてもほぼ一貫してその事実がどこで議論されたのか示されていないのである。
 これはまずもって「学術書」と呼ばれるものと「一般人向けの本」の違いとして指摘されうるものである。明示されない理由についてはやはり議論がわかりにくく(煩雑に)なるからであろうか。しかし、基本的にはこのような出典がない場合の「社会問題」の記述は読者が「ああ、あれのことか」と読者の経験に結びつきやすくなるように語られていると言ってよい。その結びやすさこそ『わかりやすさ』である。
 しかし、このような『わかりやすさ』を優先させることで実際の事実の誤認を行う場合や、2.に関連して因果関係を無視した議論を行うといったことが起きやすくなる。また、3.の代表性も侵食した議論を展開することになる。これについては後程例を挙げる。
 日本人による日本人論にはこの手の出典の不明慮さが特に目立つことを杉本良夫とロス・マオアが指摘している(「日本人は「日本的」か」1982)。杉本らは中根千枝(1967)、土居健郎(1971)、ヴォーゲル(1979)、ライシャワー(1979)の4冊の著名な日本人論を分析し、「四著に提示された命題の大部分は、証拠やデータによって裏づけられることなく書き並べられている。このことは、因果関係や相関関係を示す理論的命題に関して、特に顕著である。」(杉本・マオア1982;p161)とする。実際に数字を示し、過半数の命題についてそれがないと述べている。また、実際に論証される場合においても、日本人二者の論述においては実例があってないというべきような「自分の権威に依存した主張」として述べられていることも一定数あるという(同上:p162)(※1)。「権威に依存した主張」というのは、いかにも学者特権とでもいうべき議論の簡略化だろうが、こと日本人論が絡むとなると、これがほとんど根拠なしの結果になることも多いのではなかろうかと思う。


 次に2.についてである。これはすでに羽入辰郎のレビューでヴェーバーを取り上げた際に議論し理念型の話が大きく関わる。「類的理念型」としての理念型αと「歴史的個性体」としての理念型βの議論において押さえておくべきは、因果関係を説明する理念型βというのは、2つの理念型αの検証と理念型βの検証、3点の検証を要するという点である。これは状況をかなりシンプルにした例であるが、実際の運用については、更に考慮しなければいけない点がある。
 まずもって大前提にあるのは理念型の運用そのものを変更しないということ、言い換えれば「言葉の定義の操作」を行わないことが必要になってくる。ここには言説を語る者の中で概念がズレる場合もあるし、言説を語る者とその言説を解釈する者のズレというのも当然ありえる。「日本人論」というカテゴリーの仕方はそもそもとしてこのような前提のズレが当たり前のように生じてしまっているのである。
 これはすでに片岡徳雄のレビューで「集団主義」を勝手に定義付けていたり、岩本由輝の「共同体」という言葉の議論の中で問題提起してきた点である。本書において例を挙げれば「親方日の丸」という言葉の議論が該当するだろう。親方日の丸は国鉄といった官製企業や大学についても議論された言葉のようだが(※2)、新堀の場合はそれを公立の義務教育段階の学校にまで広げて議論を行っている。確かに「親方日の丸」論は広く公への批判に展開しやすいような点があったといえるかもしれないが、「公的なものは全て悪」といった論点に波及しかねない点で問題であるようにも思える。実際新堀の場合、p6やp227のような「親方日の丸」の使い方は、一見「日本人論」には整合性がとれても一般的な「親方日の丸」の定義と整合性がとれているかかなり怪しい。新堀のオリジナルの用法と見みる方が正しいように思える(この点については後日検証を行う)。

 また、理念型βの議論を行うにあたり、因果関係を連鎖的にとらえるような場合には、複数の理念型βから別の理念型β´を語るような場合もありえるだろう。このような場合には、検証すべき内容というのは3つに留まらないことになる。「日本人論」においては、この観点を飛ばしてしまい、結論を明白なものとして語るという性質が強い。この検証を飛ばす作業は1.の論点の軽視を生んでいることにも繋がる。
 

次に3.の代表性についてである。この最たる例は統計学において適切なサンプルを十分な数だけ集めた場合に一般的な性質について言及されうる、というものであるが、日本人論においては単に「制度」や「言語」においてそう規定されているからそれが大多数の総意である、と結論付けられることが多い。これはすでに坂本秀夫が海外と比較する際に「海外の制度のみに注目して日本の実態を批判する」という論法を採用していたことをレビューで批判した点である。これは「制度」に依拠した日本の批判である。
 ここでは「言語」の面について少しふれておきたい。言語の問題を考える上で極めて貴重なデータがあるので紹介する。

「ポイントカードはお持ちでないですか?って聞かれて持っていないとき、みなさんどう答えていますか?」
引用元:https://twitter.com/Keita_Saiki_/status/779267011385753600 佐伯恵太氏のツイートから

 この文については、日本語の文法的では当然「はい」と答えることが正しいとされている。しかし、実際ここで行ったアンケートの回答では「はい」と答えるのは64%にすぎないのである(n=238)。私自身もそうであるが、やはり「はい」という答え方自体に違和感を感じ、「いいえ」と答えている人が少なからずいるのである。
 日本人論においては、文法が全てであることを前提に議論されることが全てといってよく、この場合は「はい」というのが日本の文化であり、「いいえ」と答えるのがアメリカの文化であるとされる。しかし、実際にはそこまで明確な二分法的な違いが存在しないのである。結局言語も生ものであり、「文法」通りに一義的に解釈される訳でもなく、「大多数が間違える日本語」という形で紹介されるようなマイノリティの正しい言語もあり得るのである。
 結局これも日本人論において陥りがちな、「日本的性質が語られること=日本人の大多数はそのルールに従う」という暗黙のルールを採用している結果起きる捻れである。実際は一部の「権威」「強者」によって言語のルールも含めた「制度」が定められる可能性も大いにあるにもかかわらず、そして社会問題に引き付ければごく一部の問題を大きく語っているだけであるにもかかわらず、それが大多数の日本人に共通のものとして語ってしまうのである。そして、これも1.の論点に繋がり、検証作業がなされていないか、出典が曖昧にされることで一目正しいのかは判断できないのが「普通のこと」となってしまっているのである。


 最後に4.の「歴史性」と呼んだものである。これもなかなか厄介な問題点である。
 仮に日本人にある性質があることを見出し、それに根拠があるとしても、その根拠は「いつ」見いだされたかによってすでに「今」の観点からは根拠にならない状態がありえることがある、というのがこの「歴史性」の問題である。
 すでに述べた「言語」の話についてもこれはありえる。言語自体が共通項となるものを繰り返し用いることで言語として流通される性質を持っているため、その言葉が「今」とマッチしていない可能性もあるし、古い文献等に依拠したものについても、その性質が今も同じことがいえるのかは確実な保証がない。
 日本人論を語る際に拗れるのは、このことを逆手に読んで「今」の日本人はそうでなかったが、「過去」の日本人はそうであったという論法として語られることがある点である。例えば、「日本人は集団主義的である」という論一つにしても、現在までそれが有効であるかのように語る場合もありえれば、「昔は集団主義的であったが、イエの概念が崩壊し徐々にそうではなくなってきた」と語られる場合が(多数派ではないにせよ)存在する。
 更に言えば、この「現在」と「過去」の議論はやはり比較であり、それぞれの根拠が必要になるのであるが、やはり1.の論点に戻って根拠が欠けている場合がほとんどである。どちらかといえばほとんどが「過去」の観点において根拠に乏しい状態にあるといえる。これは社会問題を語る場合においても全く同じで、論点として強調されるのは「現在」の問題にあるため、「過去」の部分は軽視されながらも強力な比較対象として語られてしまうのである。
 そして合わせて指摘しておきたいのは過去の議論における賛美の態度である。この点については新堀においてもp173で「失われたものに対する郷愁念は、特に古い時代に育ったおとなに大きい」と批判を加えている所であるが、新堀自身もその域を出ているとは全く思えない、という奇妙さがある。

 師範学校に対する見方を例にとろう。P245では確かに「師範教育が視野の狭い閉鎖的な教師を作った」が、他方で「教育一筋、使命感、責任感、教育愛に燃えた教師が減った」と嘆き、「師範教育を貫いたのはまさにそうした教育者的な精神であった」とする。この2つの価値をどう評価するか、まさにこの点が致命的に重要な論点なのである。正直な所、新堀がこの点についてどう考えているのか測りかねる。しかし、素直に文面を読み取ってしまうと、この2つの価値は別のものであって、「師範教育の(よい)精神」というのは独立したものとして掬い出せるかの如く語っているのである。このような態度は日本人論においても、社会問題においても、過去を評価しようとする人間に共通して見られる観点である。
 しかし、果たしてこの2つの価値は分化可能なのだろうか?この点については実際何も示されていないし、いかに悪い価値の部分を取り除くのか(取り除くことができるのか)について何も語られていないのである。これが更に悪くなると、両価性そのものが忘却される可能性だってあるのである。高橋・下山田編のレビューで私が「ガキ大将」について触れたのも、まさにガキ大将の「両価性」が無視され良い面だけしか語られていない状況に対する批判なのであった。
 他の著書から師範学校における寮生活の話を少し引用しておく。


師範学校令に盛りこまれた「順良、信愛、厳重」の“三気質”育成のために、正規の学科としての兵式体操と生活訓練の場としての寄宿舎教育が重視された。寄宿舎には下士官出身の舎監を配する師範学校も生まれ、舎内では、下級生は上級生にたいして絶対の服従を強いられ、物品の管理場所までが定められるというように、陸軍の内務班に模した規律訓練が実施された。この寄宿舎の訓育が、さきの服務義務制とあいまって、いわゆる「師範タイプ」といわれる気質をもつ卒業生を教育界に送りだす大きな要素となった。」(仲新監修「日本近代教育史」1973,p100)

 このような寄宿舎生活での実態については、斎藤喜博も自身の経験から述べている。

「こういう「級会」は、一年生とか二年生というように学年単位に全体が呼び出され、そのなかで四年生ににらまれたものが氏名をあげていわれたのだが、それとは別に特定のものが一人ずつ呼び出されてリンチを受けることもあった。これもいつも夜なかに行なわれ、四年生のなかの少数のものがやっていた。
その晩になると、四年生が目的の人間の室にいって呼び起こし、オルガンの練習室へつれていった。まっくらなオルガン練習室の入口までいくと、そこに待ちかまえていた一人が、いきなり柔道で坂の間の上にたたきつけた。そしてみんながそのめぐりへ集まり、その人間の悪いところを指摘し怒号した。そして皮のスリッパだの皮のバンドなどでめった打ちをしたのだった。こういうリンチを受けるのはいつもきまった人間が多かったが、リンチを受けたあとは、何日も動くこともできないものが多かった。」(「斎藤喜博全集 第12巻」1971、p93-94)

 「教師の視野が狭い」というのは本書でも批判されている点である。これも他の職業についている者とどう違うのか考える必要が一方ではあるが、このような寄宿舎における「制約」はまさしくわざわざその視野を広げる可能性を閉じているものであり、そのことで「順良、信愛、厳重」の気質育成がなされていたと解釈されているのである。これら2つの価値は密接に関わっているものとして位置付けられているのだ。しかし、新堀はこの片面を半ばわざと削り落とし、良いところだけしか見ようとしないのである。そしてそれが達成可能なものなのか検証もせずに達成できるもの(正確には過去には達成できていたもの)として賛美しているのである。


○新堀の「見方」とは?―「無限の可能性」の解釈のされ方について
 さて、本書を「社会問題に毒された著書」と呼んだ訳だが、具体的にどのようにして「社会問題」について捉えているか分析してみた所、いくつかの傾向がわかった。
 まず、「社会問題」とされている事実自体について「全面的に肯定している」ことがわかった。言いかえてしまえれば、この事実とされていることについては「検証」が全くされていない。世間で流れている社会問題自体は事実であると言っている。合わせて拡大解釈されている「事実」についても事実と認定している。
 そして他方で事実ではなく「価値観」については賛成・反対両方の態度を取っている。反対の立場をとっているものとして、「無限の可能性」言説に対しては、p40で子どもの性善説に見る見方が強く現われたため出てきた俗論であり問題であると述べている。ちょっとここで「無限の可能性」言説について、これまで私が読んできた本でいかに語られてきたのかをみてみたい。

 まず、この言説自体が教育業界で広まった大きなファクターとして斎藤喜博を挙げることは間違いではないと思われる。

「教育とは、それとは別に、無限の可能性を子どものなかから引き出すことに本質がある。どの子どもが、持っている力を、十分に伸ばし発展させるとともに、子どものなかにないものをもつくり出させ、引き出してやることこそが、教育における本質的な作業である。」(斎藤喜博斎藤喜博全集 第4巻」1969、p269)
1970年代に出された教育の解説本といえる著書においても、このように「無限の可能性」が語られている。

「すぐれた実践は、そういう既成の観念を実践のなかでうちこわし、○男や×子についての見方を修正し、それを通して子どもというものの見方をつくり直していくものである。しかし、それ自体が次の実践に対しては既成観念であり、また新しい実践のなかで修正をせまられる。その無限の連続が教育実践なのだとさえいえる。……
それは、子どもの可能性を無限に見出していくことになる。子どもの能力の限界性はだれにでもよくみえるものなのだ。無限の可能性を一般論ではなく、具体的な子どもに即して発見し続けることこそが、教育実践のキーポイントである。」(中内敏夫・堀尾輝久・吉田章宏編「現代教育学の基礎知識(1)」1976、p85)
斎藤喜博も、子どもは無限の可能性をもっているものであり、それを文化遺産である教材を使って無限に引き出し拡大するところに教師の仕事がある、という見解をうちだしている。」(同上、p209)

 ここでの議論を読めば、単純に「子ども性善説」を肯定しているかのように語っているようにも思える。しかし、実際の「無限の可能性」言説はそう単純な議論によって成り立っているとはいい難い。社会問題の議論においてはよく出てくるのであるが、社会問題の批判的議論の一環として「子ども性善説」が語られていると読み取れる場合も少なくないのである。引用しよう(※3)。


「(※発足当時)白黒であったとはいえ、それまでは映画館に行かなければ映画がみられなかったのに、家のなかで茶の間でみれるようになりました。子どもがテレビの前にはりついてしまったのです。そしてマンガも多く出まわりました。テレビやマンガをみることでほとんどの時間をすごしてしまい、外でかけまわったり、友だちをたくさんつくって集団であそぶことがなくなってしまいました。学校から帰ってきても同じクラスの子どもとしかあそばないのです。このような状況のなかでは、子どもたちは夢をもてなくなるのではないか、無限に可能性を秘めた子どもたちに与えられるものがすべて規格品で、子どもたちが受身だけになってしまうのではないか、そんな不安がいっぱいでした。」(青木妙伊子「文化 人間を創る」1983,p15-16)

「そして今日の子どもたちの非行です。退廃です。子どもたち自身が人の生命を、いえ自分自身の生命をもなんと安手に考えていることでしょう。そんな事実を日々目撃しないですごすわけにはいかないほどに事態は深刻です。
人間にとって何よりも大切なのは人間です。この地上において、無限の可能性をつくり出すもの、それが人間です。だからこそ、子どもたちのその精神を含めた豊かな発達こそは人類の財産だと考えるのです。」(高比良正司「夢中を生きるー子ども劇場と歩んで28年—」1994,p260)

 高比良の著書は抽象的な記述となっているが、2冊とも共通して語られるのは現在の「疎外」された環境であり、その中で子どもは「無限の可能性」を否定されてしまっているという論調となっている点である。単純な肯定を行っている訳ではなく、否定に支えられた肯定なのである。これは子どもに言及されないが、ほとんど同じものと見なしてよい「遊び」に対する観点でも同じような見方がされることがある。

「もちろん遊びは個々の問題であって、余暇時間をどうして過ごそうかという問題は、誰も介入できない部分である。しかし、供与者側としては、対策であれば、その場の遊びはあそぶがわの自由であることはいうまでもなく、管理となればそれはもう前にも述べたように遊ばされているのであって、本来無限の可能性を持った余暇活動にはなりえないのである。」(佐野豪「余暇時代の生涯教育」1979,p84)

 一方で、新堀と同じように子どもの無限の可能性について、それが都合よく語られているに過ぎないという立場から議論しているものとして、レビューも行った高橋・下山田の指摘がある。

「子どもは、この時期から、経済成長を担うための「人的資源」としてとらえられ、学校を中心とした能力開発の世界に囲い込まれていく。つまり、子どもは「生活者」としてではなく、もっぱら「児童」や「生徒」として扱われるようになる。そして、この時期から、子どもの「教育」とは、「人的能力」や「無限の可能性」の「開発」であり、それは、学校において教師という専門家集団が担うものである、という観念が私たちの間にひろく浸透してゆくのである。子どもは、親や地域の人びとと共に暮らす「共同生活者」ではなくなり、教師という職業集団の前に並び立つ「未熟な学習者」、「生徒」に変わってゆく。」(高橋勝・下山田裕彦編「子どもの〈暮らし〉の社会史」1995,p16)

 最後に、日高六郎が述べている部分であるが、これは本人の意図とは違うように解釈する意図での引用をする。ここでは子どもの無限の可能性について素朴に語っているように思えるが、見方を変えてしまうと、「熱心」な教師たちの手によって「子どもの無限の可能性」という言説自体がとても魅力的なものであり、そのような教師のやる気を引き出すという目的で言説が用いられうるということ、子どもの無限の可能性が目的ではなく手段となってしまっているのではないかと読み取れるものである。

「子どもたちのなかにひそむ無限の可能性、子どもたちが胸にいだくゆたかな願望。子どもたちが胸にいだくゆたかな願望。子どもたちのことを語ることがたのしく、そのことで時間を忘れる教師が教研活動の中心であったし、またいまでも中心であると思う。子どもをめぐる問題を、いまここですべて書きならべることはできない。それはあまりに豊富すぎる。」(日高六郎・山住正己解説「歴史と教育の創造 日教組教育研究集会記念講演集」1972,p15)

 さて、結局私がここで問いたいのは「社会問題の捉え損ね」の2番目の議論で語った、因果関係の議論である。新堀はp54-56で特に強調されているように、子どもの無限の可能性の言説は、「大人が悪い」という世間一般の価値観の裏返しとして現れているという論理でこれを捉えていた。しかし、このような子どもの無限の可能性の言説は、私が参照した文献からは全く見いだせていない。引用されたものから「責任」問題を引き出すのであれば、おそらく「環境」であったり「教育制度」にあったはずである。そして、子どもはそれらから制約を受けているからこそ「無限の可能性」を否定されている、という論理で無限の可能性言説が語られているのである。新堀の言うような大人の性悪説的価値観の反対のまなざしとして子ども性善説を唱えている訳ではない。
 ここで新堀の犯している誤りとは因果関係の飛躍である。確かに「環境」も「教育制度」も大人が作りだしたという主張は事実と呼ぶほかない。しかし、大人『全体』の責任として語られる訳では決してないのである。そう思っているのは新堀の個人的解釈にすぎないのである。いわずもがなそこに検証プロセスもない。
 しかし私が恐ろしいと思うのは、新堀の主張は一見とてももっともらしく見えてしまっている点なのである。部分的には「社会問題」の事実が正しいという所から因果関係まで事実であるかのように見えてしまうというのは、社会問題を語るにせよ、日本人論を語るにせよ共通して犯してしまっている問題点である。ここでは根拠のない解釈が積み重なりそれが一人歩きを始めているのである。そして新堀は確実にそのプロセスに加担してしまっているのである。これこそが最初に述べた『わかりやすさ』の弊害なのである。


○新堀の「見方」とは?―社会問題に対する捻れた視点について 新堀が無限の可能性の議論において採用していたのは「子ども=性善説」「大人=性悪説」という二項図式に対する批判であった。結局世間がそのような認識のもとで議論を行っていることに対して矛盾していたり、結局大人が無責任な態度をとっているとしか言えないという形で批判を行っていたのである。
 しかし、すでに「懐古主義」を批判しているのにも関わらず、新堀が懐古的なのではないかという論点と同じように、ここでも「二項対立図式」を批判しているにも関わらず、新堀は二項図式にあまりにもこだわっているとしかいえない。これは本書における肯定的な価値観について見てみればすぐわかる。結局これは「懐古主義」と同じ視点になるのだが、本書で述べられている二項図式を捉えてみると、次のようなものがある。

・「今や教師に対しては「外」から遠慮会釈なく非難、攻撃、批判が浴びせられるようになった」(p14)
→「かつて教師は信頼と尊敬のまとであった。」(p14)

・「学校がテストや成績で子どもをしめつけ」る(p43-44)、「今日の子どもに落ちこぼれ、非行、いじめ、学校ぎらい、勉強ぎらいなど多くの病理現象が生まれている」(p95-96)
→「かつて子どもにとって学校は、年少労働から解放してくれるところ、好学心を満たしてくれるところ、世の中で活躍するための実力を与えてくれるところ」(p162-163)「「学校とは本来、明るく活力に満ちた場であるはずのものである。」(p230)

・「けんかやがき大将といった子どもの世界に特有な現象が最近、めっきり見られなくなった。」(p167) 「地域社会や近隣社会での子ども同士のけんかもなくなった。」(p168-169)
→「かつて路地裏や野原は子どものけんかの舞台、がき大将の活躍の場だった」(p168-169)

・「経済的なゆとりの増大とうらはらに、精神的なゆとりが失われた。」(p173)
→「人びとがかつてもっていた人情、勤勉、自己犠牲、責任感」(p173)

 このような「現在」と「過去」の対比を行う論法自体が常套句になってしまっていたこと自体が「過去」の議論が正しいかどうかという検証プロセスを無視させてしまったのではないのかという疑念が晴れないが、ここでは全て二分法的に物事を解釈しようとする新堀の見方が強く現われている。そして「かつて」の観点は恐らく根拠がないし、正しいとも言い難い点を十分に持っていることは読書ノートのコメントにも残しておいた。

 しかし他方で同時に二分法に懐疑的な新堀の姿も散見されるのである。
 例えばp95以降の「遊び」に対する見方についてである。環境が悪化したとしてもそれがそのまま子どもの「自主性」を阻害すると決めつけるべきではない。子どもには自ら環境に働きかける力を持っているとされ、まさに世間での「解釈」が批判の対象になっている。
 しかし、この点について、実際どうすればよいのか、という観点になると、「恵まれた環境に気づかずこれに感謝し、これを活用しない教育にも問題がある」(p99)と述べる程度である。この見方は環境が悪化しているという社会問題で語られる事実について否定はしないし、かつてはむしろ恵まれた環境があったと考えるが、それでも「最悪」ではないだろう、という相対的な解釈を行う形で擁護を行っている。そしてここで子どもの「主体」の問題が重要であるとするのである(p98)

 また、更に論点がぼけて語られるのがp187のような記述である。これもまた世間が「犠牲的精神、公共心、服従心が欠けていると嘆く」ことに対する批判である。この部分だけだと論点がぼけるが、それに続いて過去の「立身出世主義・エリート主義」を取り出し、「向上心・野心」などを評価する。

 そして更に二分法的解釈への批判に対する再批判の観点というのがp155に出てきていることも無視できない。ここでは「いじめとけんか」の二分法を行うことに対して世間が批判するのに対して再批判として「教師や教育研究者」の態度を批判しているのである。


○新堀の「見方」とは?―精神論への帰着
 このように社会問題で議論されている点について、捻れた観点で批判を行うような場合があるが、その際に決まって返答されるのが「子どもの意欲」と「責任論」を通じた議論である。

 この点について、前者の観点はp190-193やp200における議論へと帰着する。ここで語られているのは「大人の心の教育」「内省」「個への着眼」である。共通して言えることは、一つは「生きた」教育が欠落しているということと、もう一つは「根性を養おうとする視点が足りない」という点である。過去の教育への賛美をしている新堀の見方には、どうしても精神論的解釈が根強く、「ハードな生涯学習」(cf.p122-124)や「弱者擁護」への批判(p69)が極めて色濃く現われている。これは「豊かな社会が貧弱な心を生む」という社会問題論の視点をそのまま採用している影響がまずあり、根拠に乏しい過去の教育の賛美がそれを支えて現われる。しかし、この問題点はすでに述べた通りで、ここでの過去の賛美には見落とされている論点が存在すると考えるべきなのである。

 また後者の「責任論」についても新堀はかなり強い立場から語っている。本書の主題である「見て見ぬふり」というのもこの責任論が中心的論点であることを示している。そして、この責任論から教師の「専門性」について強く必要性を述べる場面もある(cf.p64-65)。しかし、これは千石保のレビューで述べたのとほぼ同じ問題点を持っている。千石は日本人論的に学校教育を批判する際、「学校での対応」という可能性でしか教育を語ろうとせず、それが「他の機関からの助力を求めることも甘え」であるかのような語りをしていた。しかし、ここでいう教育の「専門性」とは間違いなく無尽蔵に役割が拡大するものであり、そもそも「専門性」という言葉で語ってしまってよいものかも疑問である。私などはこの「教育の専門性」という言葉で教師をスケープゴートしているようにさえ思える。この専門性という言葉はこのような論法以外では、教育労働運動の議論において語られることもあるが、どちらの場合においても具体的にその定義付けがされることがなく、「専門性」を語っているようで何も語っていない状況になっている。むしろ必要なのは広田照幸のレビューを端に議論してきた「教育の担い手の力関係」の議論の中から、その役割のあり方を考えていることではなかろうかと思う。


○「空気」のような日本人論について

 「見て見ぬふり」という言葉の用法は当然新堀のオリジナルであり、日本人論と結びつけた体で語っている。しかし、この無責任体制は「タテマエとホンネ」論に依拠するところが大きく、これが支持できるかどうかは極めて怪しい。これはそのままそのような無責任体制が日本人論的なのかという点にそのまま結びつく。
 本書全体はバラバラの論考を集めたものに過ぎず、基本的には「日本人論」というカテゴリーで語ることには違和感がある。むしろ「社会問題」を語る教育論と解釈すべきであろう。しかし問題なのは、本書の書き下ろしである冒頭部分において明確に「日本人論」との結びつきを明記してしまっている点である。このために本書全体がかなりふわふわした感じで日本人論を語っているように見えてくる内容となってしまっているのである。
 しかし、新堀自身がふわふわしたものと捉えていたかどうかは怪しい。むしろこのような論述自体が「自然」なものとして、「日本人論」というカテゴリーでも問題ないというある程度の確信をもって本書を出版している可能性が高い。本書に「教育風土シリーズ」というシリーズ名をつけているのがまさに証拠である。
 私自身、15年近く教育関連の著書を読み続けていたにも関わらず、本書を読んでみた感想として教育論において「日本人論」がここまで容易に介入しているものなのかと驚いてしまったのであるが、新堀の価値観を肯定的に捉えるのであれば、「空気」のように日本人論が語られることが教育論においても認められているかもしれないと考えると少々恐ろしくさえ思えた。当然今後このような観点からも教育論を考察しなければならないだろう。


※1 この事実をもってして直ちに「日本の学者は根拠なく議論を行う」という結論に至るのも同じく「悪い日本人論」の論法をそのまま受けてしまっている結論でしかない。ここには、邦訳本が学術書を邦訳したものであるから、という留保は付けられるかもしれない。しかし、日本で著名な日本人論が「一般人向けの本」から生まれてきていることを否定することは難しい事実として捉えることができるだろうし、所在の不明慮さはそのような論の性質から当然生まれてくるということはできるだろう。

※2 私の読んだ本の中では、次のような形で親方日の丸が語られていた。基本的に「責任」の問題や効率が悪いといった観点が「私営」のものと比較されながら議論される所に特徴がある。

「さてこのように高く評価される公企業も、現実にはプロローグで述べたように、全く国民からは冷たい目でしか見られていないのである。「親方日の丸」とかあるいは能率が悪いとか、あるいは天下りが多いとか、といったように、公企業に対しては人びとの反対は非常に強いものがある。そして経営者も公企業といったものは、経済発展の活力を失わせるものであると主張する人が多いようである。」(加藤寛「日本の公社・公団 “親方日の丸”の再検討」1970、p141)

「このように、公共企業体は政治の影響を受けやすい経営形態です。したがって、お客さまへの貢献や収支改善以前に、国会対策が経営上の最重要事項となってしまい、労使ともに国会対策に精力を傾けるようになりました。言いかえれば、国会の決議さえあれば赤字をいくら出しても、資金の不足分は国が貸してくれるということになり、経営難のみならず労働組合にも、親方日の丸意識を植え付けることになりました。」(石井・上山編「自治体DNA革命」2001、p100)

※3 完全に余談となるが、新堀自身も本書以外の所で「無限」という言葉を使っている。しかしここではむしろ「教育」という行為の完了が不可能なものとして、その行為は無限に繰り返しする必要があるものとして用いている。「無限全身的形成作用」というのは部分的に「無限の可能性」とも重なるが、確かに別物といえば別物である。

「教育者は価値の実現が人間にとって無限の課題であることを知っている。教育が無限の全身的形成作用であることを知っている。価値の実現、人格の形成に終りがないことを知っている。この無限の課題の前に於いては教育者と被教育者とのいささかの水準差の如き、殆んど無に等しいことが知られている以上、教育者が尊大になり得ることはないのである。従って教育愛は根柢に於いては価値の実現ということに関係するが故にエロス的、価値愛的な性格を有すると共に、非選択的であり、ナツハアイナンダー的とトポロギーの上に成立し、万人が本質的に平等であることを認めるという点に於いてはアガペー的、宗教愛的であり、而も価値可能性の意識という一点を除けば価値の前に教育者と被教育者とが同一の水準にたっているという点に於いてはフィリア的、人格愛的である。教育愛は実に之等三愛の総合形態として理解されねばならぬ。」(新堀通也「教育愛の構造」1971,p181)